[中:3]歴史で読む、デキる男の見極め方(娘へ)


いまの中学生は、歴史が好きだろうか。


歴史がイマイチ自分のものと思えない人は、
よかったね。楽しみを後に残している。
最大の”コンテンツ”が、未開封であるということだ。


歴史というのは、
◯◯史の集合体である。
◯◯には、政治や経済といったものから、
風俗や衣装、医学、思想、いろいろある。
時代の節目に影響したり、
後世に大きな流れを作った事象が
◯◯史からピックアップされ、
メインストリームが構成される。
みんなが見ている年表にのっかっているインデックスは、
その時代にだけでなく、
現代でも尚、大ニュースとして君臨しているということだ。

「年表モノ」な改革や、事件。

後世に名を馳せたい、という野心家は、
まず「年表に載ること」や
「山川の日本史に紹介されること」を目指してみてはどうか。

歴史を扱うのは年表や教科書といった学問だけではない。
歴史小説もあるし、壮大な大河ドラマもある。
これらは、作者がその同時代人の感情や空気に寄り添い、
そこから様々な流れを抽出、編集し、
課題を浮き彫りにしたくて創出されている。
作者が現世、後世のために
「これは表現しておかねば」と奮い立った、
とびきりのネタなのだ。

それでも、歴史を自分のものだと捉えられない人がいたら、
奥の手だ。

歴史は、登場人物たちの出した結果、つまり
”成績表”であるとする。
歴史なのだから、現代史以前の人の人生は完結している。

いまキミのクラスにいる男子どもは
まだ十代前半。これから何者になるか知れない。
それに比べ、歴史上の人物は、解釈のあれこれはあるが、
何を成し遂げたか、どんな悪事で混乱させたか、
つまびらかになっている。
デキる男、厄介な男、犠牲になりながら世を動かした男、
いろんなタイプの男どもがパレットに並べられた絵の具のように
それぞれの色彩を放っているようなものだ。
(日本史で扱われているのは男が圧倒的に多いからね)

つまり、歴史の一部を抽出し
◯◯史の◯◯に”男”を入れれば、
自動的に”男の見本市”が出来上がる。

見方はこうだ。

身分制度や支配者からの影響がほころびた状況で、
純粋に”能力”で男の実力をタイプ別に見比べたければ、
『戦国時代』や『幕末維新』、
日本史ではないが大陸の『三国志』がオススメである。


与えられた環境下での課題解決能力を見極めるなら、
『飛鳥~大化の改新』、『南北朝時代』、
『日露戦争』なんかがよいだろう。

時代によって、求められるスターが違う。
こういった歴史の見方(切り口)も、
ある意味では本質であり、本来は自由なのだ。
教科書やテストに合わせる必要はない。

時代だけじゃなくて、各プロセスにおいて
たとえば”革命”でいうと
(革命と呼べる事象は日本では起こらなかったけれど)
革命そのものが起きるかなり前から、
ひとり世の中の不具合に気づき、動く男がいる。
周囲は誰も彼を理解せず、狂人扱いする。
後で考えると、その彼こそが、
すべての口火を切っていたというわけである。
明治維新でいえば、吉田松陰がそれに当たるだろう。
一番バッターは、だいたい権力の手で斃れるが、
強いヒロイズムで後輩たちの感情を引き出し、
革命期を通じた象徴的存在として旗印となってゆく。

次に現れるのは、クラッシャーである。
秩序を壊しながら、次を提案する人物である。
直感に優れ、時代の申し子と呼ばれ、
維新でいえば、坂本龍馬や高杉晋作、勝海舟といった
最も革命(ではないが)を象徴するキャラクターとなるのも
このクラスタの特徴だ。
更に次のフェーズに台頭するメンバーによって
暗殺されるのがオチだが
(新秩序の代表者が革命色を排除する、
 または反逆のスターが民衆をまとめる上で邪魔になる、
 あるいは旧勢力とのバランス感覚を保つため、など
 消される理由は様々)
志半ばで命を絶たれる悲劇が、その英雄性を一層輝かせるのだ。

次。新しい政権を建て、軌道に乗せる役目は
クラッシャー陣に比べて地味だが、
極めて緻密なルール策定、管理といった実務能力が要る。
非道・冷徹とヒール扱いされることが多いこの層の代表は、
東洋のビスマルクこと大久保利通でいいだろう。

どの男も、
年表に自分が成し遂げたエピソードをキッチリ載せ、
時代を動かした”デキる男たち”である。
この男たちがどのようにして生まれたか。
どのような幼少時代、少年時代、青年時代を送ったか。
調べれば出てくるし、語り継がれている。

革命のような派手な時代ではなくとも
身分制度の枠組みの中で
自分の能力を最大限に発揮した男たちもいる。
そのトップクラスは
南北朝期の楠木正成、
日露戦争時の児玉源太郎、…挙げればキリがない。
このカテゴリーも、いい男に不足しない上、
ひとりひとり、現代日本に欲しいくらいだ。

キミのクラスに、こういった片鱗を見せる男子はいるか。
いまいなくても、男を見る目を歴史で養うといい。
目が肥えないと、男に、
夜景の綺麗なレストランでクリスマスを過ごすとか
安定収入だとか、
そんなくだらんものしか求めなくなる。
彼女・妻である自分だけを満足させるような男は
満足させない男よりはいくぶんマシだが、
もう少し広い範囲を照らす視野を
持っていて欲しいと思わないか。

じゃぁママは、パパをどう見たの?

もちろんママは、この歴史フィルターは
メガネのようにかけっぱなしだから
パパに、ある典型例が重なったよ。
さっきの例でいえば、
クラッシャー(坂本龍馬)の最強の右腕で
バックヤードに徹するタイプ、
「龍馬ばかりがなぜモテて」の中岡慎太郎が見えたね。
どうやら本人も中岡慎太郎が一番共感できるというから、
あながち外れていなかった。
試しに調べてみるといい。中岡ファンは男ばかりで、
その一点でもあなたのパパと同類だ。

将来キミの前に現れる、原石の男がいるとする。
その男の良いところを見つける目を持ち、
育てるくらいの度量を、
歴史上の傑物をサポートした女傑から学ぶのもいい。

というわけで、テストに出るだけが歴史じゃない。

この流れで、次は、
[文学史の男たちの、どこがアカデミックなものか]
について。