最近、年上のミュージシャンに合った。

 

 

お互いサウナが好きだということで、意気投合して行ってきた。プロになるために頑張っているらしい。

 

 

お互い価値観で同意だったのは、どんな人生を送ろうと最後に待っているのは死だけなのだから、やりたいことをやらなきゃ損だよな、ということだった。

 

 

 

価値観は多様に増えつつあって、いろんな人が自分の道を切り開ける世の中になったらいいなと思う。やっぱり同じように、周囲からの反発はあるらしい。話を聞いている感じ、おそらく就職して正社員をやれ、とかそういう類のものだろう。

 

 

 

資本主義社会におけるプロパガンダは、成果主義と競争を正義とする。その社会で生きる我々がそのルールを受け取り、発信していくのは仕方のないことである。しかしながら、それが人の自由や人生、価値観を否定してしまうのもまた事実である。

 

 

 

 

人には人の乳酸菌。人には人の価値観。ということでお互い共存はできないものだろうか。かく言う俺も、人の価値観を、特に過去の価値観を否定してしまうことは否めない。それは否定され続けた裏返しの、子供じみた復讐だったと、今ではそう思っている。

 

 

 

おそらく俺はこれから、誰よりも資本主義をやっていく。起業家など資本主義の権化みたいなものだからだ。やりたいことをやっていく、そのために資本主義をめいいっぱい活用しながら、お金という情報の持つ力をうんと活用して、ゴールに向かっていく。

 

 

 

おそらく今やっていることも、今後やっていくことも、人から見れば社会的起業にみえるかもしれないし、そう言われることもあるかもしれない。だが俺は一切そうは思っていないしそれはビジネスである以上欺瞞だ、ただ宇宙や世界や人を、客観的に、自我を外して見たときに、今後こうなるであろう未来、こうであったほうがベターだと思う未来に向けて進んでいくだけだ。