母と父が離婚したのは
私と弟が保育園のときだった。
恐らく私が5歳、弟が3歳のとき。
父が住んでいたマンションの駐車場で
私をバイクの後ろに乗せて
マンションの周りを一周したのが
最後の思い出。
それから25歳の現在まで
再会することは一度もない。
最近まで離婚原因は
母親の方にあると思い込んでいた。
何故なら…
母が不倫していたことを知ってたから。
母は同じマンションに住んでいた
私の友達のパパと
出会い系で知り合ったという男と
二股不倫していた。
当時母はまだ25歳、
今の私と同じ年齢だ。
母はよく家に不倫相手を連れ込んだり、
私に「どっちがパパになって欲しい?」と
聞いてきたりしていた。
何もわからなかった私は
純粋に優しい方を選択して伝えた。
そのはっきりと印象深い記憶があるから
離婚原因は母だけにあると
私の中で決めつけていたのだが、
母がそれは違うと話してくれたことがある。
父は逃亡癖のある人だった。
そして会社で悪いことをして
多額の借金を背負って
それから逃げるために私を連れて家出をした。
2回も繰り返した。
それを聞いて思い当たる記憶があって
父が私だけを連れて
小さなビジネスホテルに泊まり、
二人で瓶に入ったコーラを飲んだという
他愛もないような思い出。
あぁ…そういえば
そんなことがあったなって思った。
母は多額の借金を支払う為に
がむしゃらに働き続けたが
2回も裏切られたことにより
離婚を決意した。
結局離婚をするまで、
私と弟を保育園に預けながら
仕事を続けていたけど
迎えに来ない日が多くなっていた。
迎えに来ないからか
保育園の先生の当たりがキツくて
沢山嫌味を言われたり、
トイレに閉じ込められたりされた。
トイレに閉じ込められた時
一回り大きな男の子にパンツをおろされて
性的なイジメを受けた。
もちろん、助けは来ない。
先生のお気に入りの男の子に
ちょっかいを出されれば
夜寝るときに嫌味を沢山言われた。
汚い、臭い
とも言われた。
今考えたらあれもこれも嫌味だったなと
理解して落ち込むけど
当時の私は自分が悪い子だからと
思っていたので
親に愚痴ることもなかった。
保育園だけではなく
家に弟と二人きりになることもあり
マンションの駐車場で遊んでいて
中に入れなくなってしまい
帰ってくるのをずっと待っていたこともある。
母も二人の子供の面倒を見ることが
恐怖に感じてきたのか
友達のママに不倫がバレたのか
精神的におかしかったのかもしれない。
母は決して私達に暴言を吐くこともなく
どちらかといえば放置することが当たり前に
なってしまっていた。
当時の母がおかしいなと思ったのは
ある部屋だけ
ブランド物の服が床が見えないくらいに
放り投げられていて
それを踏もうが汚そうが
何も言われたことがなかった。
きっと買い物依存症だったんだと思う。
結局私と弟は私が6歳になる前くらいに
母方の祖父母宅へ預けられた。
そこからほとんど母に会うことがない期間が
五年間も続いた。
つづく▶︎