久しぶりに父の症状についてです。
2024年3月に肺癌ステージⅣの告知を受けた実父82歳。
2024年4月より カルボプラチン+ペメトレキセド投与 4クール
(6月に帯状疱疹罹患)
2024年7月より ペメトレキセド単独投与 7クール
(11月にサルモネラ菌感染にて発熱、入院治療)
2025年1月より ルマケラス服用開始
(4月より食欲不振、倦怠感強くなり、日中の臥床増える。5月に血痰の為緊急受診)
2025年6月 ほぼ食事出来ず。倦怠感強く緊急受診の結果、肺炎の診断を受け、入院治療)
2025年6月21日 脳転移、リンパ転移、腰部大腿骨多骨転移、予後数カ月〜半年との告知を受ける。家族での話し合いの結果、本人への予後告知は無し。)
2025年6月23日より ジオトリフ服用開始
2025年6月25日より 頭部放射線局所照射治療5回
2025年9月 用水路へ転落。頭部、骨、検査行うが、幸いにも異常見つからず。
その後、徐々に体調や体重が戻っていきした。
6月に告知された12月も過ぎ、皆が安心し始めてしまっていた先月、頭部に新たに癌が見つかりました。
PET-CTの結果、腰部、大腿部の癌も残っており、サイズの大きな物は右大腿骨、その次が左大腿骨頭。あとはサイズは大きくはない細かな癌が腰部から寛骨にかけ、多数。
大腿骨の癌は骨の幅半分近くのサイズにまでなっておりました。
転倒が、かなり怖いです。
幸い、痛みの自覚症状はないようです。
来週、今後の治療方針を決める診察です。
示された日は、私が会議の為仕事を休めない日なので、無理を言い指定させていただきました。
恐らく、ここからしばらくは、また父の通院が増えそうです。
次女の進学先は少人数制の学校で、過去の情報を見ると、入学式に参列される親御さんも多そう、、、
父の通院と重なりそうだな、、、
頼みの綱は、春休み中の長女。
外せない予定があり、その日は付き添い不可。
関東在住の弟は転勤直後で、暫く帰省は難しそう。
兄も、子供関係の仕事をしており、新学期早々なので難しい、、、
また来ました、この感じ。
今回は、次女を優先させてあげたい、、、
6月、父の告知日。
Dr.と都合が合わず、次女の最後の練習試合中に抜けて病院へ向かいました。
その日は、親に内緒でお礼セレモニーを予定していたそうで、、、
朝は試合へ送って行ったし、1試合目には見ていたし、、、次女は、手紙を渡す相手が居ないことすら、その瞬間に知りました。
どうすることも出来なかったけれど、後悔しているので。
もどかしい。
急遽追加された整形外科診察で、整形外科Dr.に
「ちょっと娘様に確認させていただきたいことがあるので、こちら良いですか?」
と呼ばれ、主治医から聞いている予後について聞かれました。
6月に比べだいぶ動けるようになっていたので、釘を刺された気分でした。
で、父は、そりゃあ気になりますよね😅
「何聞かれたんや?」
と。
そりゃそうだ。
父は予後の話は知りませんから、
「骨も放射線治療の予定だから、放射線治療した頭の癌について、お父さん自身は癌治療だって知ってるかどうか聞かれた。告知されてない人もいるから、だって。」
と、咄嗟に出た嘘。
父は騙されてくれて、
「そっか、そうやな、聞かされとらん人もおるわな」
と。
必要以上に落ち込む気がしたので、母にも言えませんでした。
言えなかったことを含め、帰宅してから長女には話しておこうとしたところ、長女から
「私、今年の4月下旬〜初夏にかけて、もしかしたらお爺ちゃん危ないん違うかな、って、何か感じてる。」
と、、、。
、、、凄いな、未来の医療職、、、
長女にだけは、予後のことを改めて聞かれたことも話しました。
長女はよく兄と話すので、長女の判断で良さそうな時に兄に話してくれるそうです。
弟は、遠くに住んでいるので、後悔ないように、話しておこうと思います。
敗血症性ショックによる多臓器不全を起こした、あの日でお別れになっていてもおかしくないのですから、今の、父の闘病期間は、私に親孝行ごっこをさせて貰えているオマケの期間かなと思って、可能な限り付き添おうと思います。