劇場再開についての考察

      

        ミュージカル指揮者 上垣聡


現在新型コロナウィルス感染症の影響により全ての劇場が閉鎖されています。その影響は2月半ばに始まり、再開は早くても秋以降になると思われます。しかしここにきて感染症の収束の可能性も伺えるようになり、6月以降社会は少しずつ動き出していくことでしょう。いずれ劇場も再開となるとは思いますが、すべての生活はコロナ以前の生活様式に戻ることが難しく、劇場も新たな感染対策が必要となることは明らかです。


各省庁、また各業界団体からも様々なジャンルにおいて新しい生活様式についてのガイドラインが発表されています。しかし劇場に関して、特に演者側のガイドラインに関しては従来の芝居が不可能となるような一部提言がなされており驚いております。お客様側の対策は、1席ずつ離すなど基本的なコロナ対策で十分と判断されますが、演じる側、つまり舞台上の感染対策をどうすれば良いか、という事が次の大きな課題となります。実際舞台上で「演者のマスク着用」や「ソーシャルディスタンスをとる」などは不可能であり、演じること自体を否定してしまいます。そこで発想をまったく変えて、違う視点から提案してみようと思います。


この感染症は潜伏期が二週間と言われています。役者を含めその舞台に関わるものは、まず稽古の始まる二週間前より個々で感染に十分な注意を払わなければなりません。そして稽古が始まった場合、基本的に公共交通機関の使用禁止(制作は自家用車での移動を補助)、また車がない、または自宅が遠いなど、どうしても公共交通を利用しなければ稽古場に来られない場合は、稽古場近くに宿泊を義務付け、なるべくカンパニー以外の人との接触を減らす事が必要となります。


稽古場でのマスク着用。また役者・スタッフ全員が稽古初日より千穐楽まで、その舞台に関係していない仕事を重複して受けることは極力避け、カンパニー以外の人との接触をなるべく減らしていく必要があると考えます。こうして一般的な「家族」と同じ状態をつくり感染するルートを極力経つことで、初めて従来の芝居作りができるのではないかと考えます。また例えば稽古期間が1ヶ月とし、その間に感染が確認された場合には速やかに公演の中止を決定することも明記しなくてはなりません。


舞台というライブ体験はDVDでは味わう事ができない「空間・時間の共有」です。役者の息遣いや、録画・録音では表現できないダイナミックさなど、その魅力は他では体験することはできず、メディアやAIがどこまで発展しても、舞台にとって変わるものを作ることは不可能です。この絶対に消してはならない文化を守っていかなくてはなりません。上記の提案は今までの芸能界のやり方とは反するものですが、例えるならオリンピック前の選手が健康維持のため一般の生活から隔離されるようなものと同じであると考えれば不可能ではないと思います。


舞台上の感染対策ができたからといって舞台が開くわけではありません。当然ながらまず客席の対策がかなり重要となります。私はもちろん演者側の人間で、この件に関しては専門ではありません。劇場では劇場側の各方面の方々がおそらく対策をお考えになっていることと思います。しかし一応劇場に関わる身として、気づいたことを専門外ながら述べさせていただければと思います。


第一に、お客様側へのお願いとしては、とにかく体調不良の場合、無理をしないようにしていただくこと。そのためには体調不良のお客様に対し、相談窓口を制作等に設け、その際の払い戻しや公演が長期の場合は別日に振替するなど、お客様が保持している観劇チケットが無駄にならないよう、チケットに関する対策をかんがえる必要があります。振替に関しては、例えば振替ナンバーを発行して長い公演では優先的に再購入できるようにするということも考えられます。このような対策をとることは、お客様が健康的な無理を押して劇場に来られるのを防ぐといった意味合いもあります。


紙チケットの廃止。チケットはアプリを利用できるようにし、電子チケットやQRコードなどで購入。将来的にはそのままゲートを通過できるようにし、接触感染に関係するいわゆる「チケットもぎり」自体を無くす必要があります。


劇場入口での体温検査アルコール消毒が必要。劇場内の扉は基本的に手袋をした係員が開閉する。もちろん劇場係はマスク手袋着用。客席の消毒についてはもちろん毎公演ごとに必要となりますが、例えば腕の触れる左右の肘掛けにビニール製のカバーをかけて交換することで準備の時短も図れるのではと思います。


座席は2席分が1人分。例えば2人で来るなら4席を確保し、家族などは隣同士で座っても、その隣とはひと席ずつ空くようにします。マスク要着用。また1幕後の休憩を少し延長し、エアコンを最大にし活用。客席扉を開け放すことで、エアロゾル対策を心がけるとともに、トイレなどの行列対策も考えます。劇場では普段でも客席側から舞台奥へと(またはその逆)空気の流れがかなりあります。空気中のエアロゾルをいかに客席外に出すかというのがポイントになります。


劇場側はチケットの売上が半分になることが予想されますが、私のブログなどでこうした対策を載せたとき、お客様の声としてその分をチケット料金にある程度反映することもやむおえないという意見もありました。


またこうした感染対策は実際の効果よりも対策が目に見える形になることが不可欠だと思います。そこで座席の背もたれに大人の頭の高さまでアクリルを立てることはどうでしょうか?前席への直接的な飛沫感染を防ぐとともに、目に見える対策によってお客様に安心感を持っていただくことが重要だと考えます。劇場によっては客席の傾斜率が低く、このアクリルにより舞台が見えにくいようであれば、演出的に舞台面を上げるという対策も可能ではないかと思われます。前後も一列ずつ開けるというのは集客数としてやはり無理がありますし、映画館のガイドラインにあるように十字位置に座るようにし左右前後をひと席ずつ開けるというのも、前後の飛沫は防げません。知り合いでいらっしゃる場合、隣同士が並んで座ってしまえば全体の座る場所もずれてしまい効果が期待できないと思います。


劇場ガイドラインにあった「舞台と客席最前列を開ける」というのはオーケストラピットもなく、また舞台と客席が近い小劇場や市民会館のようなところでは考えられる対策ですが、実際大きな劇場ではピットの有無に関わらず舞台から客席最前列までは3m以上離れているように見受けられます。その場合はその必要はないと思われます。特に前述の「舞台上の感染対策」が取られている場合にはまったく問題ないと考えられます。


以上、大まかではありますが客席に関する感染対策について考えられることを記載してみました。お客様はお客様同士の感染と舞台上の感染の両方のリスクを懸念していらっしゃるようです。両方のリスクを減らす対策こそ劇場再開に必要な重要なポイントとなると思われます。


補足

ブログのコメント欄に「オーケストラピット内の対策は?」というものがありましたので補足させていただきます。


オーケストラが客席側からかなり密集して見える原因は、人と人の間にある楽器の多さがあります。パーカッションの周りが密ではないか?という指摘がありましまが、実際楽器はかなり多く並んでいますが、演奏者はパーカッショニスト1、ドラマー1、ベーシスト1という風に3人しかいません。また音響的な理由からアクリル板も各パートの間に設置しています。金管及び木管パートは個々スペースを広めにとることを心がけることで、ある程度密を緩和できると思います。鍵盤楽器周りも楽器自体が大きく設置が横並びでも2m以上必要となりますので、やはり問題ないと考えられますが、ここで問題となるのは弦楽器です。


弦楽器奏者はオーケストラの慣習として二人でひとつの楽譜を見て演奏します。なぜなら片方が譜めくりをした時にもう片方の奏者は演奏し続けないと音がなくなってしまうからです。また音楽上楽譜の量も多いため、現状の譜面台の数を増やしひとりひとりを離すのはかなり難しく感じます。対処法のひとつですが、近年iPadの進化と共に電子楽譜というのもかなり使いやすくなり、実際諸外国のライブなどでもかなり普及しておりますし、日本でも個人的に使用しているのを目にする機会が増えました。電子楽譜の良い点はいくつか挙げられます。まず設置が現行の譜面台よりかなり省スペースであるとこ。ペン入力もできるので、使用感は紙の楽譜と大差を感じないこと。そしてここが特に弦楽器にとって重要ですが、譜めくりがフットスイッチになっていることです。使い慣れることは必要ですが、これによって各弦楽器奏者間の距離をもう少し離すことが可能となります。ひとつの可能性として期待できると思いますし、将来的には全パートが紙の楽譜から電子楽譜に移行することも念頭に入れると、十分価値がある対策となるのではないかと考えます。コロナ対策とは少し離れますが、膨大な紙楽譜をコピーしたり回収したりする手間がなくなり、楽譜の保存スペースなども必要としなくなりますので、そういった意味からも導入を検討するに値すると考えます。


またこれらの対策をとったうえでも編成上ピットに入らないような場合には、従来も工夫してきたようにオーケストラの一部を奈落に仮スペースを作って移し、ピット内の密集率を減らす方法はあります。


お客様からは「コロナ感染でオーケストラがなくなりテープ公演になる可能性は?」という質問も来ておりましたが、これらの対策を説明し、このコロナが原因でオーケストラがなくなることはないことを理解していただくと「安心しました」というお答えが帰ってきました。やはりライブにはオーケストラは欠かせない要素であることを多くのお客様が理解していただいているのは奏者側の人間としてとても嬉しく思います。