大室寅之祐は、影武者・箕作奎吾をあとにすえて、日本を出て韓国

     に渡った。箕作奎吾は徳川家。

     明治天皇・大室寅之祐の意図に基づいて行われた、”日韓併合”。

     今の天皇、今上天皇は、明治の影武者以来、徳川家の血を引く人。

                              (竹下氏のコメントから)

 

     徳川家の血を引く・・。そういえば。

 

     ※ コメント内にリンクが貼られています。時事ブログを開いてご覧

     ください。

 

     https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=210701

          シャンティ・フーラの時事ブログより

 

     本物の睦仁親王にすり替わって明治天皇になったのが、大室寅之

     祐だと言われ、その影武者が箕作奎吾 ・・明治天皇 (大室寅之祐)

     の意図に基づいて行われた日韓併合

 

 

 

竹下雅敏氏からの情報です。

 

箱コネマンさんが、時事ブログに掲載されたseiryuuさんの記事を 「必読!!

素晴らしい」 と言ってくれました。ありがたいことです。

箱コネマンさんが指摘している通り、私たちが明治天皇だと思っている写真

の人物は、箕作奎吾 (みづくりけいご) のようです。孝明天皇と中山慶子の

子 (本当は養子) である睦仁親王は、華奢な人物だったと言われています。

こちらの記事とこの写真をご覧ください。

 

この本物の睦仁親王にすり替わって明治天皇になったのが、大室寅之祐だ

と言われています。フルベッキ写真の前列中央に写っている人物です。

本物黒酒さんのツイートには、満14歳の時の大室寅之祐の貴重な写真が

あります。フルベッキ写真の中央の人物と同一人物です。なので、この少年

大室寅之祐で、本物の睦仁親王ではありません。

明治天皇となった大室寅之祐には影武者がいたようで、その影武者が箕作

奎吾だと思われます。

 

「朝鮮名は張基元 朝鮮半島から{万人幸福の世界作り} を目指した明治天

皇」 (ヒカルランド 張勝植著) のp29では、「2代目が保護してアメリカに亡

命したフェルディナント1世の隠し子の娘が3代目の正烈と結婚し、生まれた

息子が基元、つまり、長州・田布施の大室寅之祐であり、本当の明治天皇

です。だから、大室寅之祐は、金髪気味なんです」 とあり、このために明治

天皇は、ほとんど写真を撮らせなかったと書いてあります。

 

またp35には、”今の天皇、今上天皇は、明治の影武者以来、徳川家の血

を引く人です” とあり、p84には、”明治天皇は、1910 (明治43) 年には、

影武者の天皇をあとにすえて、日本を出て韓国に渡った。それは、日韓併合

を明治天皇が果たして、朝鮮半島が日本に併合されたから、韓国 (朝鮮半

島) にわたったんです” とあります。

 

この記述から、日韓併合は明治天皇 (大室寅之祐) の意図に基づいて行わ

れたとみて良いでしょう。著書の中で、しばしば 「教旨」 という言葉が出てき

ます。張勝植氏の血筋は霊能があります。「教旨」 とは、一族の当主に代々

与えられたハイアラーキーの未来計画書のことだと思います。

 

明治天皇 (大室寅之祐) は 「教旨」 に基づいて、様々な行動を取っていたと

思われます。このことから、この場合は韓国人に対してですが、あまりにも酷

いことをやった責任の大元は、ハイアラーキーにあると言って良さそうです。

ところが、実際に酷いことをした当事者たちは、それを 「天の計画」 だと思い

込んでいるのです。実は、「魔の計画」 なのです。

 

おそらく、騙されていた当人たちは、自分たちが八百万の神に仕えていると

信じていたのだと思いますが、実は、ハイアラーキーに仕えていたのです。

このように、霊能のある人たちは、簡単に神を名乗る者たちに騙されて、と

んでもない悪事を行ってしまうのです。

 

追記) 睦仁親王の写真とされる人物は、実は伏見宮貞愛親王だということ

です。リンク先の記事に、伏見宮貞愛親王は ”孝明天皇の養子” となった

とあります。このことから、伏見宮貞愛親王が睦仁親王ではないかという考え

も出て来ますが、2015/11/09の時事ブログの記事に書いた通り、私は

「伏見宮貞教と鷹司積子との子」 を、孝明天皇が養子としたのが睦仁親王だ

と考えています。

 

                                       (竹下雅敏)