その21 風邪を引いた日

夜、寝る前に白湯を飲んだ。
なんだか喉の奥がイガイガする。
「風邪かな?」と呟きながら、早めに布団に入った。
めったに風邪を引かない私。だから、油断していた。

翌朝、喉の違和感は消えていなかった。
仕事中、同僚に「顔、赤くない?」と言われ、念のため熱を測ると、38度5分。
思わず「えっ」と声が出た。久しぶりの発熱。体が自分のものじゃないみたいに重い。

会社を早退し、ベッドへ直行。
「寝たら治る」――子供の頃からの、なんの根拠もない信仰心のような考えがよみがえる。
でもその夜、熱は下がらなかった。

布団の中で、父の顔を思い出した。
風邪を引くと、なぜか父は機嫌が悪くなる人だった。
「なんで風邪引くんや」
「お腹痛い?何食べたんや」
「歯が痛い?アホやな」
心配より先に、怒られる。
きっと今も、私を見たら同じことを言うんだろう。

次の日も熱が下がらず、会社から「病院に行った方が早いよ」と言われて、ようやく重い腰を上げた。
病院で点滴を受け、薬をもらう。
その帰り道、ふと笑ってしまった。
「風邪を引いたら病院に行けばいい」――
そんな当たり前のことを、まるで人生の発見みたいに思っている自分がおかしかった。

一人暮らしは気楽だけど、こういう時はちょっと切ない。
コンビニでうどんを買い、湯気の立つそれをすすりながら、
「おいしい…生きてる…」と呟く。
体はまだ重いけれど、心は少し軽くなった。

あの頃は知らなかった。
風邪って、体じゃなくて心の免疫も下がるんだってことを。
そして、治りかけのうどんの汁が、やけに優しい味がすることも。


久しぶりの長女シリーズ。