長女 その5 Aさん
会社に入って知ったのは、どんなに仕事ができても、できなくても、年功序列が絶対だということだった。
一つ年上のAさん。
その人は、びっくりするほど漢字が読めない。
「結婚」を「婚結」と書いたり、「血液型」を「血液形」と書いたり。「様々」を「さまさま」と読んだりする。
資料を作れば必ず何かしら間違いがある――そんなふうに言われる先輩だった。
ただ、人当たりだけはよかった。誰とでも笑って話せるから、人気者でもあった。
私も最初は「優しい人だな」と思った。話しやすくて、気さくで。
でも一緒に仕事をするようになって、半年も経たないうちに、私はAさんが苦手になっていた。
電話が鳴っても出ない。
お客様の名前を平気で間違える。
「急ぎ」と言われても急がない。
何よりも――ミスを全部笑って済ませる。
「いや~ごめんごめん、またやっちゃったわ」
そう言って、また同じミスを繰り返す。
それがAさんの“ループ”だった。
私は、そういういい加減さが我慢できなかった。
あるとき、私が思いつき提案した企画が採用されることになった。
張り切った。これは成功させたい。これは私の天職だ、とまで思った。
資料も一字一句まで完璧に作り込んだ。
だが、年功序列。
リーダーは私ではなく、Aさんになった。
説明しても要領を得ない。まとはずれな返答ばかりで、会議室の空気が微妙に冷える。
私は焦った。
発表は上司から「リーダーがやるものだ」と言われた。
Aさんが読む――そう決まってしまった。
完璧に仕上げた資料。
なのに、Aさんは一度も目を通さず、「これ読めばええんやろ?」と手に取るだけで会議に向かう。
胸が張り裂けそうだった。
案の定、発表は中途半端に終わり、企画は差し戻された。
そのときもAさんは「いや~ちゃんと読んだんやけどなぁ」と笑った。
――私は、無視をした。
家族以外で、初めて。
人を無視するということに、少し罪悪感もあった。自分が悪い人間になったようで。
でもそれでよかった。関わりたくなかった。
そんな私の気持ちも知らず、Aさんは私に「ここ、なんて読むの?」と平然と聞いてくる。
同僚が「自分で調べましょうよ」と言っても、Aさんは笑って言う。
「え?作った人に聞く方が早いやん」
そのあっけらかんとした一言に、私は心底疲れた。
ここにはもう、私の居場所なんてないのかもしれない――そう思った。
辞めたい。もう辞めてしまおうか。