おはようございます





いつかの夕焼け。





ここ3ヶ月くらい、とてもにぎやかではっきりした、ドラマのような夢を見ることが増えました。

今日は2本立て。

マンション住人とあれやこれや

海で溺れた人に心臓マッサージをする

でした。

内容がヘビーでも、不思議と寝起きは悪くなく。

毎回、新しい体験をした充実感で目が覚めます。








さて。

少し前まで、玉ねぎの皮を剥き続けるような体感、イメージがありましたが、今はさなぎ状態です。

壁に当たって停滞している…何も進んでいない…そしてずっとモヤモヤする。

答えが出ない。言語化できない。でもこのままではもういられない。

あっ、そうかと分かったと思ったらまたモヤモヤ。

これが答えか、これが今の自分の考えか、価値観か、と思ったらまたすぐモヤモヤ。

さなぎ→イモムシ→さなぎ→イモムシ→さなぎ

という感じ。







ひとつ、もう手放すときなんだなと思っているのは。

自分の持っている、過去と今の、学校への愛着・執着。

私自身は、学校に救われたところが大きいのです。

イジメも受けたし体罰もあったし、勉強できないし忘れ物するし体育は嫌いだったし給食は食べきれなかった。

それでも、先生が好きだったから、心許せる友達がいたから、私にとって学校は良いところだったのです。


この思いを抱えているから、学校を悪く言われるときにそれをまっすぐ受け取りきれない。

一生懸命咀嚼して、飲み込める形にして飲み込む、みたいなことをしているんだな、と。



すごく一生懸命やっておられる素敵な先生もいるし、楽しそうな子どもたちもたくさんいるし、伸びている・育っている姿も見える。

そういうものまですべて否定するのか、と思ってきたけれど、そうじゃなくて。

そのきらきらした部分が特別なんじゃなくて、その、きらきらを標準・基準・当たり前にするんだということ。(かな?読み返してまた分からなくなりました)








そのために。

手放すときです。

学校が楽しいって当たり前。

先生のことが好きって当たり前。

友達がいるのも当たり前。

権利が守られるのも当たり前。

体罰・暴言がないのが当たり前。

何かあったら詳らかに明らかにして、真実をともに見るのが当たり前。









まるごと、そういう自分になっていく。

ひとつ、次のイモムシになったかもしれません。

そして芋づる式にあれもこれも見つけてまたさなぎ化する(笑)







権利を学んで、法律も少し読んで初めて知ったこと。

仕事の持ち帰りは違法でした。

はっきり書いてありました。


持ち帰らないのが当たり前。

残業しないのが当たり前。

生活できる賃金をもらうのが当たり前。

余暇を楽しむのが当たり前。

家族に時間を使うのが当たり前。







そんなふうになっていくのだなぁ。

根底から何度も崩して立て直す、そんなこれからが見えます…。






あれこれ浮かぶ…

昨日暴れる子を体で止めたこと

今年行きたいところがあったこと

今日のお弁当何にしよう

明日は子どものヘアカット

どんぐり拾いに行きたいな

久々にアトピーについて言われたこと

どうせ伝えても…

休みの間みんな何してるかな

来週から元気に来るかな

勉強頑張らないとな






そうそう。

残念ながら学級閉鎖になってしまいました。

だけど溜まった仕事が片付くわけでもない(もちろん全然進まないわけでもない)。

こういうときは、「みんなのわたし」になる。

この考え方にも問題があるかもしれない。









皆様今日も良い1日をクローバー