湿気ってる海から気づく自分の存在 | 会った人を秒で健康にしちゃうナースmaiのブログ

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心と身体は繋がっている。出会った人はその瞬間からファンになる私。その人の心とカラダの状態をほぐして、薬を使ったり、病院に通わなくても病気を治す世界を創り出す《言葉を処方するサロン》ときどき、深いーーーーーうさぎ愛とともにお届けします♡

保存ボックスに大事にしまってある記事を
改めて見てみたら、
面白い🤣


やっぱりもう公開できませんw


なので、今日からはどんなことについて書こうか?とずっと考えていたわけですが

さっき海行ったら、
風強過ぎて、髪は乱れて、呼吸意識どころじゃないし、おんもしろいブログ見つけてケラケラクスクス笑った。


結果、分かったのは
どんな自分でいるかで
外に出た時(社会という空間)、決まるってこと。


いや、これも全く不完全です。

風吹けばキメてた髪も乱れて、落ち武者みたくなるし
呼吸だってできなくなる。


余裕かましてたところから、必死になる。
生きてんのつらたん!って思ってるところから
死ぬ〜!って生きるのに必死になる。

所詮そんなもんなんだって思ったら、
どんな自分でいるかは自由自在ってわけ。


しかも瞬時に変わる。
変〜身‼︎ってやつ。

わたし、今までに本当仕事柄もプライベートでも人に会いまくっていた時があって、わたしって何者なんだ?って思ったことがあったんですよね。

いい人ぶるつもりないのに
色んな役柄の自分がいることに気づいて…


どれが自分なん?
どれも自分なん?


って、悩んだ。


結果、どの自分も最高!!ってなったんで、幸せなんですけど、

ちょっと前まで、行方不明だったんですよね。
その最高!!ってやつ…

どこに落としちまったのか、見つからなくて…

気づけば人に会うこと苦手になっちゃって、
どの自分もイマイチえーってなって、萎えてた。


なーんでそうなっちまったんだろか⁇ってずっと考えて、記憶をもんすごい勢いで思い出して、昔のカセットテープを巻き戻す勢いで、キュルキュル言いながら思い出して、見つけたわたし。


思考の横領事件
責任丸投げ事件
大食いキャラ刷り込まれ事件
みんなのものはオレのもの事件
自信持て!持つな!事件
仕事葬られ事件

が重なりに重なったことで、笑えなくなったんですよね。


自分を見失う見失う笑い泣き


思考停止命令がいつのまにか脳内から発令されてて
わたしがわたしであることも忘れてしまいそうだったんです。

失見当識どころか、失認で
わたしは誰?状態。


さらには感情置き去り事件が巻き起こって、
五感は不感。
たどり着いたのは無の境地。


何もない世界。

救われたような救われないような、なんとも言えない空っぽな身体だけが残ってるだけ。


幽体離脱〜ってまさにこうゆうことじゃないかって思った。


毎日、何にも考えない透明人間になった感覚。
人に会ったって何にも感じない。
そこに人がいると認識することはできたけど、
別にいようがいまいがどうでもいい。


何か話している声も微かに聞こえるけど、耳栓してて聞こえない。(←実際してまへん)


寝ても醒めても変わらない。
夢か現実か分からない。(正確には夢も現実も一緒で、続きを見ている)
食欲自体はなくならなかったけど、食べるの大好きなわたしが、食に興味をなくしたのは人生初めて。
味わうなんてなかったなー


わたし、このままどうなるんだろうか?ってどんどん息苦しくなったのを思い出した。

つまり、自分を抑圧してしまってたわけです。


随分巻き戻しましたが
話を戻して…っと


自分に合わせるんじゃなくて、
いつのまにか人に合わせて、いい人しちゃってた。

これは自分じゃないなと気付きながらも、わたしが我慢すればいいなんて、偉そうにいい人ぶって。


辛いけど、ここで諦めたら頑張ってる自分が報われないとか思っちゃってて。


気づいたら人の言いなりで、
「こいつなら遣える。」と思わせちゃったみたいす。


人のせいにするつもりは毛頭ないのですが、
もう禿げそうでした。


やっちまった感パないわけです。


気づいたころには放浪してて、
もう自由にさせてくれって山奥に篭りました。


うさぎとともに風呂敷背負って、生きてるって素晴らしいねって言いながら…
空を眺めてみる。


1ヶ月経った頃、
うさぎにかぁちゃん、腹減ったって言われたんで、
あっ!この子のために働かねば息絶えてしまうと職探しに出たとです。


そしたら、ある時
このおむすび🍙くわねぇかって優しい人に出会い、
おめぇさ、ほんな顔してたら男もこねど?って言われ、おむすびをうめぇうめぇ頬張りながら、泣けて…


行方不明のかんちゃん(感情)が戻ってきて、
それはそれは嬉しくて、涙も鼻水もズビズビ止まらなかった笑い泣き

(ほんで色々あって)
今に至るわけですが、人に会うと極端に緊張することがあるのに気づいたんです。


今日は風が強くて湿気ってる海を見て
わたしみたいだ。




と思いました。


波が来ては戻りを繰り返し、濁る濁る。
心の濁りみたいな。


その波を見て、
心を濁らすのは何なのか?って向き合った時、

苦手なことや苦手な人との関わり方だった。


それは相手がどうこうではなくて、
自分が萎縮してしまうことへの違和感というか、苛立ちや後悔や情けない気持ち。


少なからず人のせいにしたくなる問題…
でもそれは一瞬で、自分の惨めな気持ちが込み上げてくる。


波のように🌊


これだ‼︎って気づいた時、こんな風の強い日に湿気ってる海に行きたくなった意図が分かった。


自分に気づきたかったんだってこと。



心のどこかで誰かのせいにする事で逃げてること。
ずっと前の記憶で、親に怒られるのが嫌で、人の顔色を伺い過ごすようになり、社会にでて、父親の怒っている不機嫌な姿を投影して、萎縮しちゃう自分。

相手はなんとも思っていなくても、
怒っていると思って、ビビりながら話しかけるもんだから、余計に不機嫌だったりする。


ま、仕事放棄して、人に委ね、職場で踊られた時は頭が狂ったのかと思ったけど。

仕事放棄して、私用車を洗車しに行った時は熱中症をこじらせたのかと思ったけど。

仕事放棄して、尚且つ丸投げされて、何で分からないの⁇って言われた時には認知症になってしまったんだなと思ったけど。


全てひっくるめて破天荒な経験。出会い。


それすらも自分が選択したわけで、
相手のせいではない。

呆れた先の一周回って愛しさに変換される。


わたし、出会った人のレベルが結構高めなので、
そんな経験を生かして、人間世界について書いていこうって思いました。

看護師としての人の健康。病気。症状についてを盛り込みながら。

【人生をデザインする心と身体のバランス。】


これ、テーマにしていきます!



つづく…