――なあ、早く俺を殺してよ。

先の見えない追いかけっこの最中に、君がふと漏らした言葉。



*** killing me ***



一体何がしたいんだ。そう尋ねると君は妙に鮮やかな笑みを刷いて一言、「知らない」と返した。
知らないなんて、そりゃ確かに、人間は自分の行動の背後要因を逐一事細かに理解しているとは思えないけれど。
でも、知らないなんて、
君の行動はそんな言葉一つに収めてしまうには、少々規模が大きすぎる。
そんな思いを視線に籠めて見つめたらば、君はちょっと困ったように眉を寄せて、苦い笑みを刻んだ。


「わからなくなったんだ」
いや、最初からわかってなかったのかもしれない。


風に紛れて消えていく言葉の群。何を云ってるんだ。そう問えば今度はほんの少し可笑しそうに、君は口端を引き上げる。


「走ってれば何か見つかると思ってた。走ってる間は何も考えずに済むと思ってた」


でも最近さ、何か疲れちまってさ。そう続けて君は僅かに俯く。伏せられた目元に前髪が落ちて、深い影を作っていた。


「過去は……変えられないんだ。その原因を知っても」
そうだろ? 探偵さん。


持ち上げられた君の瞳はその時確かに、迷っていた。答えを求めるべく、縋るような視線を投げて。
確かに、君の云う事は真理だろう。後悔先に立たずって諺があるくらいだ。どんなに嘆こうが悔やもうが、過去は過去だ。覆水盆に返らず。そんな諺だってある。過ぎ去った時間は取り戻せない。時は前にしか進まないのだ。絶対に。
でもそれは、君が今こうして、この身と追いかけっこをしている理由にはならないだろう?
そういう趣旨の音を紡いだ先で、君は面白くなさそうに口をへのじに曲げて「わかってないねえ」


「おまえには夢がねえなあ。ファンタジーは理解するもんじゃない、騙されるもんだろ」


わからないのは君の方だ。今何の話をしていた? 何がしたいんだ。その問いから「ファンタジー」という解を導き出す為には、一体どんな公式を使えばいいのか。
そう返すと、君は少しの間を置いて、小さく息を吐く。苦笑いに唇を歪めたまま。


「騙されてくれないかな」


頼むよ。と君は繰り返す。「騙されてくれないかな」じゃないと走ってるのが辛くなる。


「俺だけじゃ駄目なんだ。周りも、おまえらも騙されてくれないと」
じゃないと俺は、消えたくなってしまう。


吐き出された言葉に喉奥で、よくわからない衝動が跳ねた。それを見て取ったらしい君は、再び困ったような笑みを刷いて「騙されてくれないかな」と零し、その後に続ける。それが出来ないんなら。


「――それが出来ないって云うんなら、俺を殺してよ」


前髪を散らす夜風に消えてしまいそうな儚い呟きは、多大なる衝撃となって鼓膜から耳管を通り抜け、そして脳髄を震わせた。融通の利かない、ちょっとばかり処理能力の低下した脳味噌の先で、君は優雅に、ふわりと微笑う。


「今直ぐ、ここで。俺を殺して」


最早、ただ呼吸をし、ただ目の前にあるものを瞳に映し、ただその場に立っているだけの生命体に成り果ててしまったこの身体に向けて、君は云う。「なあ、殺してよ」
命令ではない、懇願という形で。きっと自分には一生理解できない、未知の世界に存在する公式を用いたのであろう、導き出された解は「殺してくれ」という願い。


「殺してくれよ。そうすればもう、夢を見ないで済むだろう?」


――この場に、彼が居たなら。
きっとこう云うだろう。「何云ってんだ。殺す前に捕まえてやるよ」そう云って、不敵な笑みでいとも簡単に躱すのだ。更にもう一人の彼ならこう返すはずだ。「わかった。殺してやるからそこから降りて、とりあえずこっちに来い」それが当然であるかのように、迷わず手を差し伸べて。
だが自分は。今、君と向かい合っているこの自分は。
何も――何も云えない。何を云うべきか、君が何を望んでこんな言葉遊びを仕掛けたのか、君の用いる公式が理解出来ないように、そして、君がどうしてこんな遊びを始めたのか理解しかねるように、全く、これっぽっちも、わからない。
酸素不足に陥った脳味噌が喘いでいる。それを見透かしたように君は笑う。くっきりと、とても綺麗な笑みを象って、何事もなかったかのように目を伏せる。けれどその瞳が持ち上げられた次の瞬間、そこにあったはずの笑みは跡形もなく剥がされていた。


「…やっぱりおまえにも、俺は殺せねえんだな」


あったのは、空白のような表情と、声音。その、どこか嘲るような響きに一瞬、ほんの一瞬、絶望めいたものが重なった気がして、弾かれるようにして顔を上げれば白いマントが翻る。


「――さようなら、探偵さん」


云って、君は夜空へと飛び立つ。翼は開かれていた。失墜することもなく、君は文字通り鮮やかに飛び立った。
「殺してくれ」と懇願したその身体で、何も変わらず、一切を悟らせることなく君は、夜の闇を翔る。




――殺してほしいのはこっちの方だ。
ビル風が君の名残を全て攫ってしまった頃、ひりついた喉からやっとのことで、言葉を搾り出した。
この身体は君の云う夢も、理論も、理解し得ない。ファンタジーに騙されてやることも出来なければ、殺してやることも出来やしない。受け入れることも、突き放すことも、何一つ。
何一つとして、君の思うようにならない。君の望みを叶えられないのであれば。


いっそ消えてしまったほうが、楽なのかもしれない。





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こんなん出ました(?
迷える怪盗さんと、探偵衆の一人。と、ボカしたつもりだがバレバレですな(笑)
ハイ。彼と彼のやり取りをイメージしていました。最初から。
が、実は「もう一人の彼」との押し問答が元ネタだったり…。
コレ書いちゃったから、もう書かないけど。





「殺してやろうか」


それはいっそ熱いほどの痛みを。


「味合わせてやろうか、おまえにも」


この胸に。


「絶望の味、」


まるで先の丸い刃で無理矢理に。


「教えてやろうか?」


抉り取ったかのような痛みを、この胸に。


「俺にはもう何も残ってない」


降り積もる雪のような静けさで。


「何とも思わない」


春の陽だまりのような穏やかさで。


「殺してやるよ」


この胸に傷を。


「おまえが唯一、この世で信じてる“真実”ってやつで」




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何となくパソを漁っていたら出てきたブツ。
どうやら3月頃に書いてそのまま放置していたらしい。
…何を書きたかったんだ、3月の私よ。今となっては謎である。
とりあえず、上げてみた。




目が覚めたらヴァンパイア(らしきモノ)にされていた。
――なんて。
誰が信じるんだ、こんな話。


(……信じられるか、ボケ)
ぼんやりと、服部は夜景を眺めていた。幾分優しくなった、春先の夜風に吹かれながらぼんやりと。
眼下に広がるのは夜の街並み。闇に塗られた空間を彩る街の灯。流れる車のヘッドライト、テールランプの群。
(俺やったら信じひんわ、そんなアホな話)
服部は嘆息した。
(信じひん、けど……)
見慣れていたはずの夜景は記憶のそこここに転がるそれらとは明らかに異なっていた。
煌く街の灯り。きらきらと、それは本当に煌いて見えた。
それだけじゃない。
ほんの数時間前の自分なら「夜」と認識するだけの役目しか果たさなかったであろうこの闇が。
天空を覆う闇の色が。
「なあ? 綺麗だろう?」
口にしようと思っていた単語を取って紡がれ、服部は反射的に声の方角を向いた。
「どうよ? 初めての夜の感想は」
“それ”はふわりと音も立てずに、服部が両腕を預けているベランダの柵上に腰掛ける。音がしなくて当然だ、と服部は妙に冷静に思った。何故なら“それ”は、空間内を滑らかに移動した――つまり、宙に浮いていたからである。

(……夢や。……て、思いたい)
服部はそれとなく、頭を落とした。ついでに目も閉じてしまう。闇が別の質のものに変わる。己の目蓋が作った闇は、それまで服部が瞳に映していたものとは全く異なる、ただの闇だった。
「……おまえが今考えてる事、当ててやろっか?」
やけに楽しげな響きと共に、髪に降りてくる感触。くい、と一房、髪の毛を引っ張られ、服部は鬱陶しげに眉を寄せて顔を上げる。
「……何やねん」
「夢だ、って思いたがってる」
見上げた先には声音と同様楽しげな笑顔。半月の月明かりを溶かしたかのように、蒼味がかった白くて滑らかな肌と、それとは対照的なしっとりと濡れた極上の黒、そんな色をした瞳さえ除けばどこにでも居そうな、少年と青年の中間あたりに属する容貌の人物。重量さえ感じさせないように軽く、ベランダの柵に座って優雅に足を組んでいるその姿が、他ならぬ服部を、その“夢”の中へ引きずり込んだ張本人。
「いい加減諦めちまえよ」
指の背で軽く、服部の頬を叩いた人物を、服部は細めた瞳で見遣った。
――まだ、死にたくないよな?
目覚める前に紡がれた言葉が不意に、耳の奥で蘇る。
――俺も死なせたくねえんだよな。おまえの顔、気に入ってるし。
「第一、死にたくねえっつったのはおまえだぜ?」
とん、と指先がこめかみを弾いて、耳奥で響くそれと同じ声が笑う。
服部はあからさまに眉を顰め、触れてくる指先から逃れるように顔を背けた。
――生きたいか?
耳の奥で問う声。
――なあ、生きてみる?
俺と同じように、生きてみる?
「……きったないわ、自分」
柵上に置いた両腕に、顎を乗せて服部は、目の前に広がる闇を睨みつけた。
「遺伝子の生存本能につけこんで仲間増やすて、どないやねん」
我ながら捻りのないツッコミだと思う。思っていればやはり当然のように、頭の上から降ってくる笑い声。
「生きたいか、って訊いて頷いたのはおまえだろ?」
俺はおまえの望みを叶えてやったに過ぎねえよ。
(……ああ)
暴力的とも思しき楽しげな声音に、服部は腕の上に顔を伏せた。
「つーか俺、ある意味命の恩人じゃん。感謝されてもいいくらいじゃねえか?」
「……うっさい、ボケ」
確かに。
生きたいか。そう問われて服部は頷いた。薄れ行く意識の中で、やたらと白いその指先を縋るように握り締めて、頷いた。
「まあまあ。そりゃま確かに、生存本能につけこんだのは俺だからさ、おまえに落ち度はねえよ、うん」
ぽん、と頭に乗せられた手が髪を梳く。どこかしら笑みを含んだその声からは想像もつかないくらい、優しく髪を掬う指先に思わず、服部は顔を上げ、その指先の持ち主の顔を見上げた。
「おまえを俺のものにしたかったんだ」
見上げた先で、その顔は笑っている。愛の告白紛いな台詞をさらりと紡いで。
どんな闇よりも深い、けれど水膜に覆われているかのように、濡れて輝く黒い瞳を楽しげに細めて。
「死んでいく様、ただ見守ってるだけなんて出来なくてさ、」
言葉を紡ぐのは、白い肌の中でやけに紅く見える唇。
その合間から覗く、人間には有り得ない、長く尖った犬歯。
「折角見つけたんだ。みすみす死なすわけにはいかねえじゃん」
この首筋に穿たれたのは、その滑らかで鋭い牙。
「だから生かした」
「―――」
服部は嘆息すると、柵の上についた腕で頬杖をついて、斜め上に位置する“ヒトではない”人物を見遣った。
その人物こそが、服部を“ヒトではない”存在へ変えた当人。
「ンな顔すんなよー」
いわゆるヴァンパイアだと名乗ったその生き物は、小首を傾げて服部の頭を乱暴に撫でた。
ぐしゃぐしゃと。髪を掻き混ぜる間にも楽しげな笑みは刻んだままに。
「…ほなどないな顔せえっちゅーんじゃ」
当然のように悪態をつけば、宥めるように指先が、目元を擽る。
「カッコいい顔」
「………アホか?」
服部はもう一度嘆息した。怒りを通り越して呆れ入ってる、と云うのが現在の自身の正しい状況。
(そらまあ確かに、死にたない、ゆーたのは俺やねんけどな…)
目元から皺の寄った眉間へと移動してきた指先が煩わしく、軽く頭を振ってその指を払えば「何だよー」と不満そうな声が上がる。
(やから、て。何もバケモンにしてくれんでもなァ…)
妙に冷静に思いながら、服部は息を吐いた。もともと順応力や適応能力は他人より優れている。それが今は少しだけ、疎ましい。
(あーあ。夢にも逃げられへん)
眼前に広がる夜景を視界に捉えながら、服部は我が身に起こっている事象を現実だと認識した。
この身体が未だ“人間”であった頃、見たそれとは異なる闇の色。
星が煌く天空の闇も、街の灯が彩る地上の闇も、それは言葉に出来ないほど美しくこの瞳に映る。
闇とはこれほどまでに、色彩に富んだものだっただろうか?
濃淡さえはっきりと見て取れる艶のあるそれらは、まるで闇の色をしたオーロラだ。
“ヒト”には感じ取る事の出来ないであろう闇の色彩、細かな質感。それを視認し識別しているこの身体は確かに、“ヒト”ではない。
「オカンに何て云お…」
ぼそり、と。せめてもの現実逃避に服部が零した言葉に、顔は諦め髪を弄っていた指先がぴたり、とその動きを止める。
「そのまんま云ってやれば? ヴァンパイアになりましたーって」
「…………」
笑みを含んだ声と同時に、再開される指先の動き。
半ば諦めの境地で、服部は言葉を紡ぐ。
「ちゅうか、それどころやない思うねんけど。現場から被害者消えてもーてんねやで」
「ンなこたどーでもいいからよー、こっち向けよ」
「ンなこた、て……あんなァ」
あまりに向こう見ずな服部にとっての“第二の人生生みの親”の台詞に、呆れ顔を向ければにっこりと笑う顔。
「ン。やっぱおまえ、イイ男」
「…………」
続いて吐かれた台詞に、服部は文字通り肩を落とす。
「ダイジョブだって。その辺は適当に処置してあるし。それより顔見せろ」
ぐい、と白い指先が頤あたりに触れて、服部の顔を持ち上げる。
「……ちゅうかな、」
「うん?」
服部は強引な力には逆らわずに顔を上げ、その先で見た瞳の色にまた深く、息を落とした。
「……アンタホンマに、俺を顔で選んだんか?」
「うん」
それ以外に何があるよ?
にっこりと、笑って頷く顔は楽しげだ。服部は頭痛を催してきた気が多分にして、そっとこめかみを押さえる。
「……有り得へん……」
呟いた音は何よりも、この“服部の顔を気に入った生みの親”に向けて。
“目覚めたらヒトでなくなっていた”現実よりも、この人物の思考回路の方が遥かに有り得ない。
(…や、ヒトちゃうやん)
そっと己の思考にツッコミを入れてみたところで、当然だが気は晴れない。
「おまえの顔、一目見て気に入ったんだ。だから絶対、生かしてやろうって思って、声掛けた」
呆れを通り越して今度は泣きが入ってしまいそうな服部を、楽しげな声音は容赦無く攻撃する。
(有り得へん)
声に出さず、服部は喉奥で呟くとかくりと頭を垂れた。
この。
「顔上げろ、顔見せろ」としつこく服部の顔を上げさせようとする、黒羽快斗と云う名のヴァンパイアはよりにもよって、「顔が気に入ったから」という頭が痛くなるような理由のみで、自分を瀕死の重傷から救ってくれた――というのは“救ってくれた本人”の談で、服部的には「口車に乗せられてバケモンにされた」以外に表現しようがないのだが――というのだ。
(…ホンマ、有り得へんて…)
ヴァンパイアとかいうバケモンにされてしまった現実よりも何よりも。
催促されて持ち上げた瞳の先にある人物の笑みに、本気で頭痛を覚えて服部は何度目かわからない溜息を零した。





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妄想の段階ではそんなに手応えなかったんだけど、
書いてるうちにすげー楽しくなってきて
結果的にノリノリ(死語)で書き上げた表バァジョン(笑)
いかがっすか?(笑)

「おまえの顔が気に入ったから仲間にした」と服部さんに堂々宣言なされる
ヴァンパイア快斗は個人的にすげえお気に入り。
そうよねー、快斗ならこれくらい目茶苦茶な美学持ってなきゃねー。
みたいな(笑)


ヴァンプになった服部さんの外見上の描写が今回殆どないので、
実はものすごく続きが書きたかったりする。(笑)





「はっとり、はっとりー」
「ん? 何や?」
小さな子供の呼び声に首を傾ければ、小さな掌が小さな指を折って、星空を指し示す。
「おほしさま」
子供は平次を振り返って、夜空に浮かぶ星よりもきらきらと輝くまあるい瞳を忙しそうに瞬かせる。
「きれい」
「…ん、そやなァ」
平次は少しだけ瞳を細めて、子供を抱き上げた。
腕の中にすっぽりと収まる、軽くて小さな子供。
「あそこに、おとうさんとおかあさん、いるの?」
安定を求める為に、平次の肩に乗せられた小さな手。それがほんの僅かに力をこめて、服を掴む。
その瞬間に胸の端を掠めた感情の名は。
「んー。ちょお、ここからは遠くて見えへんけどな、」
――多分、後悔。
「あっこに居てるよ、快斗のオトンとオカンは」
「そっかあ…」
少しばかり、明るさを失った子供の声。平次はその子供をあやすというよりも、再び己の胸を過ぎった痛みを誤魔化すかのように、子供の小さな頭にそっと手を添えて、柔らかい髪を撫でた。
「……快斗が、おっきくなったら会いに行こな」
あともう少し時間がたてば、通用しないであろう言葉を吐いて、平次は子供の前髪を撫でる。
「いまは? だめ?」
不安の色を隠さず正直に刷いた瞳が、じっと平次を見つめてくる。
「快斗ちっさいからなァ。あっこまで飛んでくにはな、俺くらい大きゅうならんとアカンねん」
「そっかあ」
我ながら何て子供騙しな台詞だろうと思う。けれど子供は素直に頷いて、「はやくおっきくなりたいな」と笑顔を煌かせる。
平次はただ、その子供の笑顔を曇らせないよう、何も云わずに髪を撫でてやった。




快斗の両親は、快斗の目の前で、自分の同族に襲われ、殺された。
いや、厳密に云えば同族ではなく、同属性の輩に。
自分――服部平次は、人間ではない。
人間とは異なる次元に存在する、異世界に住む生き物だ。
生物の体液を生命維持の源とする自分らは、今、この身を置いているこの世界――平次の住む世界では人間界と呼ばれている――に於いては、どうやら“ヴァンパイア”と呼ばれる生物にカテゴライズ出来るようだ。……いや、生物というよりかは“魔物”か。
本来なら別世界の住人である自分らは、滅多な事では人間界に降りてこない。
そういう取り決めが為されているのだ。“人間”とは性質の異なる、相容れない生き物であることを彼らは知っている。頭の悪い生物ではないのだ。自身の存在、ひいては自分らの住む世界を守る為に、余計な戦渦を生むことを善しとしない。とても保守的で温厚な生き物であり、“こちら側”が勝手に想像している“魔物”とかいう存在と一緒にされるなんて、失礼極まりない話だ。
――まあ、こっちにだってわざわざ弁明する気はないのだから、失礼も何もないのが実状だが。
とにかく、自分達は人間が思っている“魔物”のような存在ではない。人間を誑かし、魔に誘い込むなんてのは平次が産まれた世界の常識人には有り得ない話である――裏を返せばつまり、常識を知らない輩も少なからず、存在するわけなのだが。
そういう輩は何かと問題を起こすのが好きだ。本来干渉すべきでないと決められている人間界に、好んで降りてくる。降りてくるだけならまだしも、しっかりと干渉をしていく。夢に悪戯を施したり、人間の精を味見するくらいなら可愛いものだが、どんな世界にもイカれた輩は存在するものだ。中には人間の味をしめて殺害にまで及ぶもの、ついには殺戮に目覚めてしまうもの、そんな始末に負えない輩も居る。
平次はそんな不届きな輩を“狩る”立場に属していた。人間界の秩序を乱す“仲間”を狩る代わりに、人間界へ降りる事を許された人物(便宜上、“人物”と称しておく)。
いわゆるお庭番のような役目を担っている平次は、その任務を遂行している最中に、快斗と出会った。


あれはまだ、深夜に満たない時間帯だった。
“見回り中”であった平次は、尋常でない血の匂いに気付く。同時に“仲間”の波動を察知して、駆けつけてみればそこは凄惨たる血の海だった。
無残に引き裂かれた人間の身体、2体分。手足はばらばらに砕け、内蔵までもが散らばるその中に、小さな子供は居た。
同じ世界の住人であるが、決して“仲間”とは呼びたくない輩の長い爪に、細く頼りない首を貫かれようとしているまさに寸前の姿で。
平次は直ちに“術”を用いて、血に濡れた生き物の動きを止める。そのまま空間の歪みを作り出し、“捕獲された不届き者”の担当が待つ空間へと乱暴に転送して、子供を見下ろした。
小さな子供は、小さな手をきつくきつく握り締めて、大きな瞳を限界まで見開いて、震えていた。泣く事さえ出来なくなってしまったのだろう、頬に涙の痕をくっきりと残して。
平次は瞳を細めた。殺害された大人達の中、生き残された子供。こういう状況を見るのは初めてではない。というのも、“常識”が通用しない輩はとかく、人間の子供が好物なのだ。彼らに云わせれば、子供は肉が柔らかく、その体液もこの上なく甘くて、極上に美味だと云う。「好物は最後にとっておく」よろしく、最後に、と手を掛けずに残されていた子供たち。平次は己の役目を果たす中で、そうやって残されてきた子供たちを多く見てきた。
が、大半の子供は意識を奪われていた。コトに気付いて泣き喚きでもされれば“食事”に差し支えると考える輩が多いのだろう。“術”によって、眠らされている場合が殆どで、惨状を目の当たりにしていた子供は稀だ。
平次の目の前に居る子供もまた、“稀”に分類される子供だった。
自分の両親が、この世のものではない生物に惨殺される一部始終を、その目でしっかりと見ていた子供。
年の頃、恐らく5、6歳。血の海に座り込んでいる子供と目線を合わせようと、平次が上体を屈めれば子供は見るからに顔を引き攣らせ、かたかたと身体を震わせながら平次を見上げた。
瞬きすら忘れた大きな目を、くっきりと見開いて。
――こういう目にあった子供は、通常の成長過程を辿る事が不可能になるのが殆どである。
本来、平次の干渉が許されているのは過ぎる干渉を行った仲間を“捕獲”し“転送”するまでであり、“現場”のアフターケアはその範疇にない。後は人間に任せるべきとされていて、どんなに心が痛もうともそれ以降に関ることはタブーとされている。
確かに、残された子供に意識がなく、眠らされていたのであれば問題はない。当人にとってはそれは大事件であるが、惨殺の過程を見ていないのであれば時間が解決してくれる問題だ。多少の不都合はあっても、子供は正常に、成長していける。
だが、残忍な殺戮を目撃していた場合。
それは子供の精神に、多大なる傷を負わせる。この世界で云う、いわゆるPTSDに蝕まれ、子供の成長は著しく阻害されてしまう。平次がこれまで見てきたケースでも、社会的に適応出来るよう成長した子供は極僅かだ。片手に余ってしまう数。最悪の場合、自ら命を絶ってしまう子供すら居る。平次は怯える子供を前にして、この子はどうなるだろう、と頭の片隅でおぼろげに考えた。
どれだけの恐怖を味わったのだろうか。声さえ上げれない子供。肉親の血液に頬を汚され、震えている子供。
せめてその汚れだけでも拭ってあげようと、平次はそっと手を伸ばす。丸めた指の背を、子供の頬に触れさせようとした時だった。
びくり、と跳ねるように身体を震わせた子供は、その大きな瞳からぼろぼろと涙を零して、唐突に泣き出した。ただ震えながら、声も無く。
平次は言葉を失った。自分を見上げて、震えながら泣く子供。その小さな身体に見合わない、壮絶な傷を心に受けた子供。
――そのままその場から去る事が出来なかったのが、平次の甘さであり、そしてそもそもの始まりだった。
平次は堪え切れず、干渉の許可されている範囲を超えて、子供に“術”を施してしまう。
ほんの少し、記憶を奪って、視界に紗幕をかけた。肉隗と成り果てた、無残な両親の姿が見えぬよう。
しゃくりあげていた子供はぴくりと肩を震わせて一瞬呼吸を止めて、恐る恐る平次を見上げた。
「だれ…?」
初めて聞いた子供の声。少し舌足らずな口調、僅かに掠れた小さな声。
平次は怯えさせぬよう、そっと、そしてゆっくり掌を子供の頭に乗せて、その柔らかな髪を撫でた。
「……兄ちゃんな、自分の父ちゃんと母ちゃんのな、友達やねん」
吐いた嘘は、二つ目の禁忌。ここで平次は、開き直りにも似た思いで、子供を抱き上げてしまう。
「ボウズのな、オトンとオカン、ちょぉっとお出掛けせなアカンくなってもうてな、兄ちゃんがボウズの世話、頼まれてん」
“術”の効果で忘れ去られてしまった涙。けれど濡れている頬。平次は指先を伸ばし、そっとそれを拭った。
「ボウズ、名前、何て云うん?」
知っている限りの柔らかな声で、柔らかな笑みを向けて問えば、子供はまるくて大きな瞳を数回瞬かせ、それから「かいと」と小さく告げた。
「ほか。兄ちゃんはな、はっとりへいじー、云うねん」
「……はっとり?」
「そやそや。はっとり、」
聞きなれないイントネーションに好奇心が勝ったのだろう、子供は薄く笑みを浮かべて、声を洩らして笑った。小さく、笑った。
「へんななまえ」
子供らしい発想に、平次は笑った。「へんやなあ?」笑みを向ければ子供からも笑みが返って来る。「へん」
平次は諦めに似た心地で、覚悟を決める。
――この子供は、自分が連れて行こう。
戻れない所まで干渉してしまったのなら、いっそ連れて行ってしまおう。大丈夫だ。「仲間にする」という名目があれば、それは不可能な事ではない。
この時の平次はそう思っていた。傷を受けたまま、その傷を癒せぬまま生きていくより、惨状の記憶を失くして、例え“人間”でなくなっても、楽しく生きていけるほうが良い、と。
それは明らかに己のエゴであった。平次はそれも理解した上で、子供に問い掛けた。
「……なあ、かいと。兄ちゃんと一緒に行かへん?」
子供の運命を手の中に握ってしまった事の重大さに、気付いていながら気付かない振りをして。




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犯罪です、服部さん。(笑)


このネタは正直どうだろうか、と思っているのですが。どうでしょう?(笑)
何だかシリアスなカンジで終わってますが、
お話的にはシリアス半分、お笑い半分で展開される見込み。
ていうかこのネタの真の目的は
ヴァンパイア育成10年計画。またの名を紫の上計画。なのだよ!(笑)
……犯罪者だよな、平次…(笑)


因みに、服部さんはちび快斗君の血ぃはまだ、吸っておりません。
「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」で学習済みです(笑)
「あの女の子ぉ(クローディアのことらしい)みたくなるんはアカンやろ、やっぱ」とか思ってるらしく、
せめて外見上でも自分と釣り合う年齢になってから、
仲間にするかどうかを決める予定らしいです。
っていうシーンも(ついでに「犯罪ちっくやな」とか「俺は光源氏か?」とかボヤくシーンも)
ホントは書くつもりだったんですが、予想外に長くなっちゃったので今回は見送り。


っていうかやっぱ犯罪じゃん…平次…(笑)





♪あなたに聞きたいことがある
今すぐ聞きたいことがある
だから野を越え山越えて
あなたのお家にやってきた♪


「西の名探偵さァーん、」
「うわ何やねんッ」
「ケータイ番号教えて~」
「…………何しに来はったんですか、怪盗ハン」


ちょっとやそっとじゃへこたれず
あなたに聞きたいことがある♪


「え、だから携帯の電話番号を」
「………自分、アホやろ?」


散々呆れられながらも、怪盗さんは西の名探偵さんの携帯ナンバーとついでにメルアドを(探偵さんのお情けで)無事入手したそうです。





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つうか、怪盗さんなら別に直接訊かなくとも
それくらい調べること可能だよな~。とか今更気付いた
私が一番アホなんです。(笑)