今回は自分にまつわる音楽の話をしようと思います。
こればっかりはどう足掻いても仕方のない事なんですよ。
仕方ないで済ませるのは良くないのですが、この件に関してはどうしてもこの言葉しか思いつかないのです。
私は中学生の頃からnanaというアプリで歌ってみたをあげていました。
スマホ一つで録音、アップでき、世界中の人達と繋がれる。そんなアプリです。
どういう影響でその時ふいにnanaを始めたのか全く覚えていませんが、気持ちだけは覚えています。世界中の人達が私の声を聞いてくれるかもしれない。
そんな気持ちでずっと曲を歌ってはあげてきました。
でも、人それぞれの声質、声域などその人にしかないものがあります。
顔出しや生放送などでやっているわけではないので、私の声を聞いてくれる人達は本当に私の“声”しか知らないのです。
だから評価する為の判断基準が声しかないのです。
でもそれは顔面偏差値や体型など、個人のコンプレックスが全く関係ない。良い意味での判断基準となると私は思っています。
私は最初、自分では歌が上手いと思い込んでいました。カラオケで歌うと周りから上手いなどと言われ、調子に乗っていたんです。
でもそれは違う事にnanaを通して気づきました。
自分で歌った曲を自分で聞く。ということをした事が無かったので、nanaを始めた当初は
とても絶望しました。
自分の声を聞いてみて、私は何を調子に乗っていたんだ。と自分が憎くて仕方なくなりました。
あまりにも自分の声が幼く滑舌が悪く何よりもふざけた声にしか聞こえなかったんです。
録音していた時はもちろん真面目に歌っていたつもりでした。
でも聞いてみたら違かった。
誰の声だと言いたくなるほど酷い声だった。
中学生の頃はこの声が嫌いで仕方なくなりました。
こんな声で会話していたのか、
こんな声で歌っていたのか、
こんな声で、こんな声で……
とずっと思っていました。
高校に入って中学生の頃とは違う環境で生活していく中で私は何て事を思っていたんだ。と後悔しました。
親が私を苦しんで産んでくれたのに
親が私を大切に育ててくれたのに
こんな声だなんて
何の権限があってほざいてるんだ、と。
中学生の頃の私は子供だった。
思考も体も。
だからと言って今は大人かと言われればそうではない。
まだまだ子供です。
だって未だに自分のこの声が
どうしても好きになれないんです。
上手いと言ってくれる友達も、実は上手くないけどお世辞として言っておくか。って考えてるのかな~なんて思ってしまったり…。
親に申し訳ないのは分かってるんです。
今でもnanaはアップし続けています。
自分の声を聞く度に自分の将来の夢が
とてもじゃないけど叶う気がしないんです。
それでもいつかという希望のない言葉を信じて
私は歌い続けたい。
この声に迷いがある今では全てが解決するはずが無いのですが、
いつか私のこの声が認められる様になって
私の夢であるアーティスト人生を歩める様に
なりたい……!
音楽にひたったまま、死にたいのです。
幸せばかりでは無い。
苦労を乗り越え作り上げた音楽で声で
私を知ってもらいたい。
私が伝えたい事を音楽にのせて知ってもらいたいんです。
だからこそ夢は諦めたくない
きっと何か方法があるはず
私に合う歌い方があるはず
そう信じて探していきます。
私は高校のクラスメイトや仲の良い友達の歌上手いねって言葉は信じない事にしたんです。
別に友達が信じられないとかではなく、
単に調子に乗ってしまう、そうするとまた同じ事を繰り返すと分かっているから。
だから、私のようにというのはおかしいのですが、声に悩んでる人がいたら
もっと客観的に捉えて、そしてどんなにネガティヴな人でも自分の夢にだけは前向きになってほしい。
客観的に捉える事は大事で
見落としていた何かを見つけられるんです。
でも客観的に見すぎて自分の都合の良いように解決してはダメです。
自分の夢にだけは嘘をついてはいけない。
その小さな嘘で幸せを逃す可能性がある。
自分につく嘘ほど辛いものは無いでしょう。
友達の言葉ほど恐ろしいものは無いでしょう。
だからこそ、たかが一言褒められたくらいで調子に乗ってはいけない。絶対に。
素直に受け取るべき時もあるけれど、自分の夢に関わる事なら尚更注意すべきだ。
これからも私は人の何十倍も努力して努力して努力して、
いつか会う皆さんに希望を与えたいです。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
また機会があれば、ブログを更新します。
