東京に戻った自分は次のステップの為、IT業界に進む為、自宅でひたすらPCと向かい合った。

一日何時間モニターを見つめていたのだろうか。

几帳面な性格の自分は、ちょっとした点も修正しないと気がすまなかった。

今でもそれは変わってないから、職人気質なのかなとも思う。


参考書片手に延々と作業を続けた。

それはそれで面白かったのだが、自由の身になってから1ヶ月を過ぎたあたりからだろうか。

焦燥感に襲われる事になった。


仕事をしていない自分を、だんだんと情けなく感じてきて、周りから取り残されているような気がした。

仕事がないって事実は、自分をネガティブな思考へと導いていった。

早くなんとかせねばという焦りばかりが、目立つようになった。

東京は夏の暑さも終わり、肌寒くなりつつある季節だった。


そんな時、自分が通っていたPCスクールから会社説明会の勧誘があった。

とりあえず早く仕事も決めて落ち着きたかったというのもあって、なんとなく行ってみる事にした。

とんとん拍子に話が進み、素人の自分はその会社に採用される事となった。


入社の日が近づくにつれ、嬉しいはずが、何故かとても迷っていた。

精神的に弱っていたのかもしれない。

夕暮れの代々木公園で、自分を見つめなおした。

その会社は渋谷にオフィスがあったのだが、沖縄の広さに魅了され、沖縄に行きたいって思いを持っていた自分は、都会の喧騒に飲み込まれていく事に抵抗を感じていたようだ。

こんなに騒がしい場所で、狭い空の下にいたくないって思いがあった。

自分の本音では、沖縄に行きたいって思いの方がずっと強かったんだと思う。


ただ兄の結婚式が間近に迫っており、その場で親戚、兄の友人達と会う時に、無職ですって言うのがとても恥ずかしい気がして、なんとかして職についていたかったという思いがあった。

何もしてないって自分を人に見せることが怖かったんだ。

自分落ち着いてますって姿を見せたかった。

今思えば単なる見栄でしか無かったのかもしれない。

ただしっかりしてるってことをアピールしなきゃならないような気がしていた。


焦りと勢いに任せて入社したWEB制作会社。

自分には全く合わなかった。

渋谷の雑居ビルの一室にあるオフィスは、窓もなく、10名くらいの人間がひたすらモニターと向かい合っていた。

会話も無く、素人の私はとても肩身が狭い思いをしていた。

一つ上の上司に邪険に扱われ、放置プレイが続いた。

使えないと思われていたんだろう。

まさにそうだったのだから文句のつけようがない。


ここで私は自分の苦手な事を再認識した。

ずっと座りっぱなしのデスクワークは、自分に合わないということを。

常に人と一緒にいると、どこか監視されているような気がして、窮屈な思いがした。

そして座りっぱなしだと、立ち上がって誰かと話していいものなのか、誰かに声を掛けたりしていいのか、とてもびくびくしていた。

人の目を気にして生きてきた私は、仕事上でもたまには一人になれる時間が必要だった。

そして体を動かす事。

それがないとバランスを崩してしまうのだった。

煙草を付けに表に出ても、渋谷の雑踏の中、落ち着ける場所はどこにも無かった。


徐々に精神的に参ってきてしまい、再び鬱になり始めた。

マウスを握る手は震え始め、呼吸も乱れるようになっていった。

家に帰ってからは、なんとか精神を統一しようと坂本龍一の曲を聞いたりして、自分を落ち着かせようとしていた。

だが出勤の朝になると、どうしても吐いてしまい、気分の悪いまま出勤する日々だった。

仕事をしながら、自分はやっぱり沖縄に行こう、やっぱり行きたいんだってことを再確認し始めた。

ただ入社してすぐに投げ出していいのか、凄く迷い、そして後ろめたい気持ちをもっていた。

周りの社員からどんな目で見られるんだろうかと凄く不安になった。

だがやはり自分には今の環境が合わないということも分かっていた。


そして決断した。


わずか1ヶ月程度の期間で私はこの職を離れる事になった。

そしてそれは再び鬱と共に歩み始めるという事でもあった。


辞めるまでの数日間、私は自分の不甲斐なさに涙していた。

とても自分が情けなかった。

こんなにもすぐに挫折することになってしまった自分を卑下した。


ただ救いだったのが、一度経験していた事もあって危険信号が出始めた時点で、すぐに切り上げたおかげで、前回のようなどん底までは至らなかったということ。

誰かと話す事も、食事をすることも、運転する事もできた。


私は鬱と向き合いながら、沖縄に行く為の準備を始めるのだった。