私が初めて『鬱』になったのは、24歳の時です。


当時私は、新卒で入社した某家具小売業に勤務しておりました。

大学を出て、社会人になって一年。

やっと仕事も覚え始めて、ちょっとづつ色んな事が出来そうになってきた時です。


店舗での販売は、色々難しい事もあったけど、頭も体も使ってそれなりに楽しんでいました。

上司にもやっとちょっと認められて、これからという時でした。


その会社は毎年6月に人事異動があるのですが、仕事に慣れてよしこれから頑張るぞと思っていた23歳の私に入社わずか一年足らずで、異動の指令が下されました。


販売の楽しさ、人と関わる楽しさ、商品の知識、愛着色々ついてきた矢先の出来事でした。


私が異動を命ぜられた部署は、本社勤務の国際部というなにやら怪しい部署でした。

異動を知ったときはかなり動揺しましたし、上司や先輩達に囲まれてこれからここで頑張ろうって思ってたから、正直ショックも大きかったです。


24歳の誕生日に一年慣れ親しんだ支店を離れて、本社のオフィスに向かいました。

案内された先は、本店の上層階にあるオフィスでした。

右手に会議用のテーブル。

左手には5人分のデスクが並んでいました。

まるで小学生の時の給食の時みたいな並びでした。


正面向かい合う席に主任、その隣に取締役常務、私の右隣に先輩社員、左側のお誕生日席に私の指導役の社員という男4人のみんな30代半ばを超えた社員と権力を持った役員という小さなコミュニティに入る事になりました。

今までの歳の近い先輩社員と相談しながら、人の行き交う店内で走り回って仕事をするというスタイルから一転して、無言のデスクワークにスタイルチェンジをしたわけです。


最初の何週間かは、何をしていいのかも分からず、指導役の社員に言われた事を淡々とやっていました。

それでも時間をもてあましてしまい、何をしたらいいかわからず毎日エクセルファイルとにらめっこしていました。

当時PCも良く分からなかった私には苦痛でした。


室内にはキーボードを叩く音と主任が常務にゴマをすっている会話のみが聞こえていました。

今でも不思議に思うくらい主任のゴマすりは驚異的でした。

常務が咳をしたらすかさずのど飴、鼻をかんだらゴミ箱、完全にイエスマンでした。

そんな光景を正面に毎日を過ごしていました。

誰も言いたい事も言えず、常務の圧力にびくびくしながら、まるでライオンのオリに投げ込まれたかのような姿でした。


言いたい事も言えない、会話もろくにない、常務のプレッシャーは絶えずびんびん。

こんな空間に息苦しさを覚えていきました。


常務の機嫌、様子を伺いながら、みんな怒られないように息を潜めていると言った感じでした。

それに自分も巻き込まれていきました。

異動で来た私は知り合いもおらず、誰に相談していいのかも分からず一人落ち込んでいくようになりました。


そんな毎日を過ごし、1ヶ月半が過ぎたあたりから、自分の異変に気がつき始めました。

マウスを握る手が震え、動悸がするようになりました。

常に緊張の真っ只中にいるような、そんな状態でした。

次第に眩暈もするようになり、ろくに食事も出来なくなっていきました。

夜も眠れず、毎日悲痛な面持ちで通勤をしていました。


心を閉ざし、人との会話を避け、一人でいたい、そう思うようになっていきました。


体調の異変に耐え切れない所まで来た時、私が社会的には間違った事をしてしまいました。

今ではなんでそんな事したんだろうって思いますけど、当時まだ子供だった私にはよくわかりませんでした。

常務の叱責が飛びました。

精神的にもぼろぼろの状態に、追い討ちをかける出来事でした。


私は帰りのバスの中で、今までに無いくらい、泣きました。

自分が壊れていくのがはっきり分かって、崩れていきました。

バスの車内では顔を上げる事も出来ないほど、涙が溢れ出ました。

いくらハンカチで顔を覆っても、それでも覆いきれないほどでした。

もう限界に達していたのでした。


翌日なんとか出社したものの、眩暈と動悸、吐き気、震え全てが出てしまいました。

常務が外出すると言う事でドアに向かった時、私の口は次の言葉を発しました。

『常務。病院に行ってもよろしいでしょうか。』

ここから私と鬱との付き合いが始まりました。

その翌日から会社を長期休職をすることになった24歳の夏でした。