剪定とは剪定しないことだー道法正徳さんの“逆説” | 里暮らしの日々

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 7月29日豊島(呉市)の道法農場での講習。収穫できるレモンと新しく付いた実が一つの木にある道法さんのレモン畑では、夏芽の芽欠きの実習。その際、成熟している実と花から実になったばかりのものとがあるレモンの樹を剪定する方法は? という質問が出たのだったかどうかは覚えていないが「こうして実が付いてるから剪定はできないよ、この下の枯れた枝とか弱っていく枝を落とすくらい」「剪定とは剪定をしないことだ」と

  一般的な切り下げ剪定は、伸びる枝を切ることで樹木を管理しようとする。ぶどうの短鞘選定では側枝を短く切るとそれが先端だということになってそのすぐしたに花芽が出て実が付く、という方法だ。

 道法スタイルの長鞘剪定は先端を切らない。新しく伸びた枝に花芽が出て実が付く。それをわざわざ短く切ってその下に花芽を出せるという手間暇をかける必要はない。晩秋から冬季にかけての剪定も、これが基本だ。その年に伸びた徒長枝は切らない。春になるとそこに花芽が出て実が付いてくる。枝先に実が付くと収穫作業が大変と思うかもしれないが、さにあらず。徒長枝は細いので実が付いて熟れてくるとその重みで垂れ下がってくる。仰向いて手を伸ばしてというようなことはしなくてよい。その曲がった枝の背中から芽が出て新しい枝が出来る。適時、その新しい枝の根元から元の枝を切ると枝の更新が出来、樹を霧縮めることが出来る。いつも、手元で収穫が出来る樹となる。

 慣行の切り下げ剪定では、もじどおり、枝を切って短くして樹をコンパクトなものにする。

 道法さんの云うところは、切り下げ剪定から見れば、逆説明的越えるが樹木の自然態から見れば、理にかなっている。ところが、この方法は、実に簡素で分かりやすい。