里暮らしの日々

里暮らしの日々

山口県の小さな村で農・学・藝の日々、を綴る

 

 入学式、授業開始までの間に、寮では夜食堂で、オリエンテーション。寮に居るのは1,2年生。運営は2年生の学生寮自治会がおこなう。まずは、合唱団「いぶき」のリードで平和、原水禁運動の歌、ロシアの民謡やぐみの木、イムジン河など朝鮮の歌など、それらのメロディーは大変心地よい慰謝となった。

 授業が始まると、寮生がぞろぞろ列をなしてキャンパスに向かう。雨が多かった。道がぬかるみ、晴れると土埃が上がった。 キャンパスも同様で、建物のぐるりのコンクリート張りの他はすべて赤土のままだ。建物だけしかできていないのだった。革マル、中核派、社学同、三派連合などという過激派セクトのアジ演説が賑やかだった。演説しているのは、相当年がいった身なりは構わない風の男だった。「反帝、反スタ、打倒日共ミンセイ」と、ベニヤ4枚張に模造紙を貼って大書して立てかけていた。どぎつい字だった。鋭角的な攻撃的な言辞は自分の神経には合わなかった。

 教養部1年の授業科目は、高校とほとんど変わらない。体育まであった。すぐに授業に出る気が失せてしまった。

 学生寮の部屋は二段ベッドを2列置いた4人部屋だった。10時、11時になるとしんとしてきた。鉄筋コンクリート打ち放しの壁で、鉄の扉である。ときどき、近くの部屋で誰か出入りするたびに、がーんという音が響いてくる。夜眠れなくなってきた。

 ユウスケの居る仰秀寮に行った。ユウスケが入っている部屋のチューオーイインとかやってる先輩は、角刈りで太い眉と大きな目で野性的な済んだ優しい目をしていた。史学専攻だった。部屋は木製の二段ベッドで二人部屋だった。それからしばらくその悟寮の他の開いてる部屋に居候させてもらった。その部屋は、物理専攻で、ややニヒルな感じもする背の高い痩せ形の男だった。少林寺拳法の高段者だった。