先日リネンの種を採取しました。その時に何本かのリネンの茎も採取しておきました。その茎を水に浸して半ば腐らせました。そして、その茎を乾燥させておきました。
今回はカラカラに乾いたリネンの茎を木槌で叩いて木質部と繊維を分離しました。しかしながら、言うが易しでなかなか繊維を取り出せません。木質部を粉になるほど叩く必要がありました。その後、木質部を梳くようにして繊維だけを取り出しました。それを手で撚ると、肌触りが良い紐ができました。
リネンの繊維を撚って作った紐、肌触りが良い

これまでに、マオラン、カラムシ、スゲ、わら、ケナフ、芭蕉、棕櫚などで紐を撚りました。これらの中で比較的ごわごわするのはマオランやわらです。それに対して肌触りが良いのは綿や羊毛です。リネンは綿や羊毛に近い肌触りでした。繊維が細かいのでしょう。私が持っている紡ぎ器を使えば細い糸にできるような気がします。
水に浸して腐らせる 茎をどんどん叩く 繊維だけが残る

今回リネンの紐を撚ってみましたが、もっとたくさんのリネンの茎を用意しなければ、布を織るほどの紐を取ることができないようです。タオルを織る程度の糸を撚ってみたいものです。そのためには、たくさんのリネンを栽培しなければなりません。
肌に優しい繊維のリネンです。タオルは無理でも、お手拭きくらいは作りたいところです。
手で撚って紐にする 肌触りの良いリネンの紐

私の母親である婆様は去年から施設で暮らしています。この終戦記念日15日で99歳になりました。私が定年を迎えて田布施町に戻ってからずっと介護しています。当初は買物などの生活介護が中心でしたが、次第に調子が悪くなりました。一昨年救急車で病院に担ぎ込まれて以来、病院、老健、そして今の施設で生活しています。
戦時中、婆様は柳井高等女学校(今の柳井高校)に通っていました。ある時、婆様の学年が光海軍工廠に学徒動員されることになったそうです。ところが婆様だけは、足りなかった学校の先生になるよう勧められました。婆様は、国に尽くしたいとそのお話しをいったん断ったそうです。しかし、家に帰ってその話をすると、子供を教育することも国に尽くすことと同じだと説得され先生の道を選んだそうです。
その後、学徒動員された同級生達は皆B29の爆撃で露と消えてしまいました。婆様は生き残り、戦後になって進駐軍を迎えたり教科書を黒塗りしたそうです。
施設で今、ケアマネや看護師のお世話になっている婆様

園芸店に行くと、店先に秋ジャガイモの種芋が並んでいました。並んだジャガイモのうち、デジマと呼ばれる品種の種芋を購入しました。次の日の早朝、購入した種芋を植えました。
植える前に耕運機で何度も耕した後、ジャガイモを植える溝をクワで掘りました。そして、その溝の傍に巻き尺を張りました。巻き尺を張ったのは等間隔(50cm)で種芋を植えるためです。
等間隔(50cm)で種芋を溝に置くように植える

続いて、溝に種芋を次々に植えました。植え終わると、種芋にかからないように鶏糞肥料をまきました。ただし施肥しすぎると、葉ばかり茂ってジャガイモの収量が少なくなることがあります。そのため適度な量をまきました。
秋ジャガイモは夏に植えるため、種芋がとても腐りやすいです。春ジャガイモのように切って植えてはいけません。この乾燥した猛暑の中でちゃんと芽生えて欲しいです。
巻き尺を張る 鶏糞肥料をまく 土寄せ前の種芋

施肥が終わると、いったん巻き尺を片付けました。そして、平クワを使って種芋や肥料の上に土を被せておきました。今は猛暑なので種芋が傷みやすいと思います。そのため、日差しで熱くならないように厚めに土を被せました。この晩秋に美味しいジャガイモが収穫できるでしょうか。収穫したら肉ジャガなどにして食べます。秋の味覚、とても楽しみです。
巻き尺を巻いて片づける 種芋と肥料に上に土を被せる
