応へ来し糸の重みや凧 悌二郎

沈丁や色を含みて浅き春 〃

 句集『四季薔薇』昭和元年以前の二句目、三句目。大正時代の作品ということになる。この句集が発行されたのは昭和8年、悌二郎は34歳である。後書きに俳句を始めたの大正13年とある。25歳だ。

 何てことの無い句だ。昨日も書いたが、この句の「来し」の「し」は誤用だろう。凧の糸は今も重いのだ。でも、この二句、何て素直なのだろう。二句目の季語二つもはばかっている気配はまったく無い。一句目は「国民新聞」の俳句欄の篠原温亭の選に入ったと阿部誠文著「篠田悌二郎・その俳句の歩み」にある。今の選句基準とは少し離れている気もするが、捨てがたい作品であったのだろう。『四季薔薇』にはこの後、悌二郎の代表句がいっぱい出てくる。この二句も後の悌二郎調の片鱗がうかがわれる。

 昨日は住む町の夏祭りだった。俳句を書く人間としては何句か作りたいと思い出かけてみたが、私が会場近く着いた午後四時過ぎには祭りは終わっていた。例年は二日間に渡るのだが、今年は何と半日だったそうだ。神輿は出たようだが、出店も無かったという。

ジョギングの少女祭の橋渡る 弘

私の旧作。

祭りの後。お巡りさんだけがやたらにいっぱいいた。物騒ということか。

 

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