「無事に錬士になれたよ。だから、欲にまみれず修練を続けてね」

 

  過去の自分にあったらそう言いたいですね。

 

  久々に思い立ったようにブログを覗いてみると、弓道を再開した時から昇段の過

 程や心境が記録されていて、これまでの自分の弓道との向き合い方の変遷を辿るこ

 とができました。

 

  面白いもので、根本的な考え方は変わらずにきているのだなと思いました。段位

 は、その段位に相応しい段階になれば、自然とその段位を頂くことが出来るという

 考え方に基づいて修練してきたのですね。

 

  錬士審査では、受験資格を得たあたりからコロナが蔓延し、審査が中止になった

 り、仕事の都合で受験を控えたりなど様々な障壁があり、思うように審査を受ける

 ことができませんでした。ですが、今思えばそれも、自分の成長のために必要な期

 間であったように思います。

 

  それまでは、「早く審査を受けて錬士になりたい」と焦っていました。何を焦っ

 ていたのだろうと思うのです。

  他の人よりも早く昇段したいから…?箔が付くから…?こんなところだったと思

 います。

 

  「早く上に行きたい」という思いは、おそらく誰でもいくつになってもあるもの

 で、だから遠くまで審査を受けに行くわけですが、私はタイミングがあると思うの

 です。

 

  なんというか、「成るべき時になる」というタイミングです。それは、その称号

 や段位に相応しい状態になった時に、自然と頂けるというもので、それを自分で準

 備をして整えてタイミングを迎える時もあれば、無心(ガツガツしない精神状態)

 の中で手に入るものもあるという感覚です。

 

  この感覚に近い言葉を禅の言葉では「放てば手にみてり」といい、手放してこそ

 大切なものが手に入るという言葉です。あれも欲しい、これも欲しい、ああしたい

 という思いに捉われず、手放してみると自然と手に満ちてくる。

 

  私が「手放したもの」というのは、まさに先に書いた「人との比較」と「承認欲

 求」でした。錬士になってどうするのか。今、その位にふさわしい責任をもって行

 動できるのか。を考えると、「だめだ」って思うようになり、淡々と稽古をしてい

 ました。

 

  錬士に合格した日も自然体です。(帰りに何を食べて帰ろうかと考えていたくら

 いに)

 

  でも、みんながそういった考え方で高みに上っていくわけではないと思うので

 す。中には、あの人に負けたくないからとか、若いうちに錬士になってやるんだ、

 という気持ちで実際に合格される方もいます。

  私はそれはそれでよいと思うのです。人間の当たり前の感情です。弓道をしてい

 るから、その考え方では……という問答を以前SNSで見たことがありますが、それ

 を否定するのではなく、そういう心理の中で弓道と向き合い、個性が出てくること

 もあると思うのですよね。

 

  こういった考え方で来たものですから、最近も周りの方が「早く昇段したい」っ

 て私に吐き出してくれる方には「大丈夫、その時は必ず来るから」って伝えてあげ

 ています。

 

  そして、「(-_-;)これで良いのだろうか」と自分の健康と弓道を取り巻く様々な

 ものに対し自問自答を繰り返しながら精進している毎日です。

 

  錬士になったからといって環境が大きく変わるわけではなし。

  その位の意味を忘れず精進する日々です。

 

  だから、過去の自分にメッセージを伝えて安心させてあげたい(笑)

  

                                   

                                   以上