人間は、本能的に自然というか緑を求める生き物なのでしょうか・・・
と、ちょっと哲学的に始まった今日の記事
笑
今日は、千葉県東船橋にある『東船橋花輪緑地』を訪ねてみました
東船橋花輪緑地は、かつてあった別荘「凌雲荘(りょううんそう)」
の跡地を船橋市が再整備した、自然豊かな緑地公園です
明治40年頃に凸版印刷株式会社創始者の伊藤貴志さんの「伊藤別荘」が
建てられてて、その後両国で製紙卸業を営んでいた山崎梅之助さんが昭
和10年(1935年)に別荘として取得したんだって
その息子の山崎鉦三(しょうぞう)さんが、昭和11年~12年にかけて迎
賓館的な使用を前提に、木造3階建ての「凌雲荘」(通称「山崎別荘」)を
建てたみたい

☆ここで、昭和の大スター「阪妻(ばんつま)」こと阪東妻三郎さんと、
山崎別荘(凌雲荘)のエピソードがあります
昭和初期、阪東妻三郎が京都の太秦から関東へ進出し、現在の習志野市
谷津遊園のあたりに「阪妻プロダクション関東撮影所」を構えていました
阪妻は当時、市川の菅野に住まいを置いて車で谷津の撮影所に通っていた
んですが、その撮影所のすぐ近く、船橋の花輪台(現在の東船橋)にあっ
たのが、大富豪・山崎梅之助の豪邸「山崎別荘」でした
山崎別荘は、広大な敷地に和洋折衷の見事な建物や庭園、茶室を備えた、
当時を代表する大豪邸で、阪妻プロが谷津にやってきてからは、映画関係
者や撮影を観に訪れる文化人、政財界の要人たちが集まる社交の場(サロ
ン)のようになっていたと言われています

山崎別荘の周辺は、昭和初期に区画整理されて「花輪台」という高級別荘
地・住宅地として分譲されました
その後、平成7年に住宅地に残る数少ない緑地の保全を目的に、船橋市が
買い取り、敷地内にあった2棟の建物(凌雲荘と山崎家居宅)は、山崎家
から寄贈されたんだって
でも、老朽化や構造上の問題があって平成12年に解体され、平成26年に当
時の凌雲荘の領域を復元して、日本庭園風の緑地として整備されて現在に
至ります

かつて建っていた別荘の間取りや床板の張り方向、高低差などをそのまま
ウッドデッキの散策路として再現しています
途中にはビワの木もあり、おいしそう・・なんて思っちゃいました![]()
旧門の先にも公園があり、そちらからも庭園を散策できました
途中、どこかの飼い猫ちゃんとの出会いもありました
住宅街の喧騒を忘れて、自然に癒やされる隠れ家的なスポットでした
お近くに寄られた時は、お立ち寄りください
ではでは![]()




































