プライマリーコードの引退が発表されました。
新馬戦を勝って重賞に挑戦し、クラシックへの淡い夢を見せてくれた2歳時
短距離馬としての素質の片鱗を見せた3歳時。
スクミのために順調にレースを使えなかった4・5歳時。
デイリー杯とアルテミスSは現地観戦しましたし、函館への旅行と出走が重なって、函館競馬場で現地観戦したこともいい思い出です。
反面、納得できないことも数々ありました。(馬に罪はありませんが。)
そもそも、1800mの新馬戦を勝ったのに、その後に使われたレースは全て1600m以下ばかり。
改めて近況を読み返して思い出しましたが、最初調教師は1200mでのデビューを考えていたところ、三浦皇成騎手の進言で1800mでデビュー、新馬勝ちを収めました。
デビュー戦では前半3ハロン39.4秒のペースで折り合っていたんですよね。
その後、レースを使うごとに行きたがるようになり、使われる距離もどんどん短縮されていきました。
レースを使うごとに必要以上に前向きさが出てしまうことはよくあることだと思いますが、それでも1800mで勝った馬をその後一度も同じ距離に使わないというのは考えられません。
安易に距離短縮するのではなく、マイル~中距離で我慢させる競馬を教えていれば、中距離馬として花開くことがあったのではないかと悔しい思いをしています。
思うに、調教師がこの馬は短距離馬であるという思い込みが強すぎて、短距離にこだわり過ぎた結果、短距離馬になってしまったのではないでしょうか。
競馬に”たられば”はありませんが、他の厩舎にお世話になっていれば、また違った結果になっていたのではないかと。
1勝馬の身でスクミやすい体質ということを考えると、ノーザンファームで繁殖牝馬となることは叶わないかもしれません。
それでも、願わくば日高かどこかの牧場で繁殖牝馬となって、芦毛の大物を産んでくれればと思います。
いい思い出からストレスのたまる思い出まで、いろいろな感情を経験させてくれました。
プライマリーコードのセカンドライフが幸せなものになることを願っています。
お疲れさま。ありがとう。