防衛力拡大論議に「国是が変わる」危惧 政治は賢明な選択を

田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長

 

田中均氏=根岸基弘撮影 田中均氏=根岸基弘撮影

 中国の軍事力の飛躍的拡大と周辺での攻撃的軍事活動、北朝鮮の度重なる核・弾道ミサイル実験、そしてロシアのウクライナ侵攻。日本周辺の安全保障環境は著しく悪化した。

 これを踏まえて、自民党は国内総生産(GDP)比2%以上を念頭に置いた防衛費の5年以内の抜本的強化や反撃能力の取得について提言し、岸田文雄首相も防衛力の相当な強化について度々発言をしている。

 メディアでも従来はあまり登場することがなかった自衛隊OBや防衛省関係者が伸び伸びと防衛能力拡大を口にする。世論調査でも防衛費拡大を支持する層は6割を超えたとされる。

 しかし、そこで致命的に欠けているのは、日本のあり方についての議論だ。日本はこれまで平和国家として必要最小限の自衛力を持ち、専守防衛に徹することを国是としてきた。今日の防衛論議は、それをなし崩し的に変えてしまうのではないかという危惧を持つ。年内の国家安全保障戦略改定に向けての政治の選択が問われる。

 

北大西洋条約機構(NATO)のドローンを操作するドイツ軍兵士=リトアニア南東部のパブラデで2022年6月7日、ロイター 北大西洋条約機構(NATO)のドローンを操作するドイツ軍兵士=リトアニア南東部のパブラデで2022年6月7日、ロイター

「反撃能力」は無限に拡大し、専守防衛を超える

 「敵基地攻撃能力」は敵がミサイルを日本に向けて発射する直前を捉えて発射基地を攻撃するのは自衛権の概念に反しない、すなわち「座して死を待つことはしない」ので合憲だという解釈が長年されてきた。

 しかし実際問題として敵のミサイル発射の瞬間をとらえるのは技術的に難しく、また中距離弾道ミサイルなどの保有は自衛の装備としての範囲を超えると考えられてきた。自民党の提言ではなぜかこの範囲を広げ、「弾道ミサイル攻撃を含む我が国への武力攻撃に対する反撃能力」を保有すべきだとされている。しかもこれは専守防衛の範囲を超えず、日米の役割分担にも反しない、とされる。

 この解釈には相当な無理がある。すなわち、敵の武力攻撃開始をどう判断するのかは難しく、かつ標的もミサイル基地だけに限られないとする以上、反撃能力は先制攻撃能力と同義になる。また仮に北朝鮮、中国、ロシアが仮想敵国だとすれば、それぞれの国に届く中長距離ミサイルの保有を必要とするのだろう。

 これは「専守防衛」の下での必要最小限の自衛力を超えるものと判断されよう。米国は、日本が攻撃力を保有し軍事能力を拡大することはアジアの安定を害するかもしれないとして従来は日本の専守防衛の姿勢を歓迎していたが、昨今、米国の戦略が台頭する中国を念頭に同盟国とともにインド太平洋で抑止力を強化することへシフトし、日本が攻撃面を含めてより大きな役割を果たすことは是とするのだろう。

 従って、反撃能力が歯止めなく、中長距離のミサイル、足の長い戦闘機・輸送機、空母といった能力の保有につながっていくとしても不思議ではない。

 

大阪湾に停泊する海上自衛隊の護衛艦「かが」=2019年6月24日、本社ヘリから小関勉撮影 大阪湾に停泊する海上自衛隊の護衛艦「かが」=2019年6月24日、本社ヘリから小関勉撮影

日本の安全保障の向上につながるか

 防衛力拡大は日本の安全保障に資することを目的とするものだが、最も重要なのは、果たして本当に日本の安全保障の向上につながるのかどうかである。他国による日本の攻撃を抑止する力の根幹には日米安保体制がある。