8歳の娘は、昔から絵を描くのが好きだった。よく私とテーマを決めて、書きあいをしていた。そして、母親に「どっちが上手?」と問いかけ、自分が選ばれると大変喜んだ。
この前、先生にお母さんってどんな人と聞かれ、「面白くて、よく怒って、メガネかけてて、おかっぱ」と答えたらしい。母親は「恥かくわ」と笑ながら言っていたが、少々残念そうだった。
なぜなら、娘は言語の発達が早く、言葉をよく知っており、適切な言葉を選んで答えれるからだ。なのに、出てきた言葉が「メガネとおかっぱ」。これでは母親に対する子どもからの愛情を感じられないのも無理はない。
しかし、ある日「お母さんの絵を書いて。似顔絵じゃなくて、あなたが感じるままのお母さんを。お母さんは似顔絵は書けるけど、あなたみたいに芸術的には書けないから」と言うと、娘は夢中で書き始めた。
「夢中」とは、何もかもを忘れて、まるで夢の中にいるような感じだ。夢の中では「自由」で「無限の創造力」が広がり、まるで宇宙と繋がっているような気分と、有名な芸術家が言っていたような気がする。娘はただひたすら夢中に書いていた。
出来上がりを見て、その色彩感覚や模様、全体のバランスなど、すごく上手と言うか、こちらに語りかけるエネルギーを感じた。そこから、「お母さん」について絵で表現したことを語ってくれた。
まず、娘のお母さんとは、「お母さんはな、太陽のように明るいねん。周りをいつも明るくしてくれるから、ここに太陽が三個あんねん。そして、この黄色いオーラあるやろ、これは皆を包んでくれて、幸せな気持ちにさせてくれんねん。それと、ここにわっかになってるのが何個かあるやろ、これは友達を表してんねん。お母さん、いっぱい友達おるやろ、その友達が繋がってんねん。ほんで、この緑色の線は先祖を表してんねん。先祖がいなかったら、お母さんもおらんかったやろ。お母さんがおらんかったら、私もおらんやろ。だから先祖は大事やねん。ここに月あるやろ、これはお母さんの内面が輝いてるってことやねん。お母さんって怒ったら怖いけど、いつもは優しいから。後はオレンジのオーラは笑いを表してんねん。お母さんいつも面白いから。でも、この目の紫は怒ると怖いってこと」。
まだいくつか言っていたが、覚えているのはこのくらいだ。さっきの「メガネとおかっぱ」のお母さんとは全然違う。これは面白いと思い、「お父さん」も書いてもらった。出来上がりは、もはや人間ではなかった。娘の中でお父さんとはどうなっているのか、説明を聞くのにワクワクした。しかし、見た感じ暗く、決して上手ではなく、「お母さん」とは全然違うかった。お母さんは人間の形をしていたからだ。でも、芸術性で言えばお父さんの方が芸術的であった。さて、説明を聞こう。
「まず、この肩に乗ってる女の子誰か分かる?私じゃないよ。これは誰か分からんけど、お父さんを守ってくれてんねん。それで、髪の毛が水色やろ、これは病気になって心が少年になったことを表してんねん。お父さんの心はとても綺麗で透き通ってんねん。顔は赤やろ、これは情熱やねん。めっちゃ情熱的で暖かいねん。顔の周りのピンクの丸は何か分かる?これは仕事場の人たちやねん。丸が繋がってるから、お父さんはみんなに好かれてんねん。手何本あるか分かる?正解。赤の手はそれぞれ顔書いてるやろ。お父さんは普段優しいけど怒ったら怖いし、二つの顔があるみたいやねん。それでこの緑の手とオーラはお母さんをめっちゃ愛してるよってことやねん。ほんま世界で一番位やで。最後の三本目の紫の手は、優しく抱きしめてくれる手やねん。この、おたまじゃくしみたいなんは先祖な。後、下に二つ山みたいなんあるやろ。これは、お父さんよく車とか時計とか、宝くじとか言ってるやろ。簡単に言ったら『欲』やな。この三角のん分かる?上と下になってるやつが何個もあるやろ、これは天国に行っても三人やし、地獄に行っても三人やねん。どこに行っても三人を表してんねん。それとこの紫のオーラあるやろ。これは、お父さんはすぐに染まりやすいってことやねん。いいも悪いも、すぐに染まってしまうねん。だから気を付けなアカンで。最後に私がどこにおるか分かる?違う。この顔と首の肌色の線が私やねん。お父さんは私を大事に思ってくれてんねん」。
こんな感じで、絵を書いて、それで占いでもしてもらっている、なんともスピリチュアルな答えだった。妻は途中すかさず、「私がおるから絶対に地獄には行かさんからな。痛いん嫌やし」と突っ込んでいた。
絵でここまで表現できるのは、我が子ながら「すごい」と思った。一つ一つの線や色に想いが乗っていて、まさに芸術であった。娘も「芸術ってよく分からんかったけど、分かったわ」と言っていた。
子どもが何かに夢中になっている時は、親はそれを遮ってはいけないと感じた。夢が覚めるまで、その事に没頭させてあげたい。そして、この子の持つ可能性を広げてあげたい。そんなことを感じさせてくれた夕飯時でした。