昭和44年5月11日、航空自衛隊美保基地開庁記念式典に向かっていた、航空自衛隊築城基地所属のF‐86F戦闘機の5機編隊中3機が平田市久多見町(現:出雲市久多見町)の槍が崎山頂付近に墜落、3名の航空自衛官が殉職されました。
今回は50回目の節目ということで航空幕僚長も参列され、築城・美保両基地司令をはじめ多数の隊員も参列、編隊長の奥様、娘さんも参列されました。
私も隊友会会員として平成25年から毎年参列させていただいてますが、今回は平田支部長から初めて直会(呑む席)にも参加するよう要請がありました。
午前10時より現場近くの護国延命地蔵尊において善福寺の周藤雅文導師による第50回忌法要が厳かに執り行われました
航空幕僚長はじめ献花が行われ読経中に慰霊飛行のF‐2戦闘機が上空通過、ダイヤモンド隊形からミッシングフォーメーションに移行し1機が急上昇天に向かう形が披露されました。
その後麓のコミュニティセンターにおいて
「偲ぶ会」(直会)
が行われ、各隊司令はじめ現職隊員の方や地元で地蔵尊の護持委員会の方々と杯を交わしました。
お話のなかであるご遺族のお母様が
「場所が違えば犬畜生扱いされたろうに、平田の方々に手厚く葬られた本当にいいところで死んでくれた。親孝行してくれた。」
といわれたことをお聞きし私の心に残りました。
さわやかな新緑の山々を見ながら3英霊を偲び久多美を後にしました。