ラグビー人生51夏合宿Ⅱ | 山親父の日記

ラグビー人生51夏合宿Ⅱ

初日の午前中の全体練習の後、

我々一年生が残り、明大中野と高校生マッチをやりました。


私はNo.8で出場、センタースクラムから右にサイドアタックを仕掛けて、やすやすとディフェンスを突破しました、


残りはフルバックだけ。


彼、並木君といって、私の天敵。えげつないタックルする子で、体か小さい上に低くくるんで、苦手でした。


この時も一切スピードを落とさず、足首に入られ、私途中退場。


大学時代、怪我で退場した覚えが無いんで、後にも先にもこの時一度きりです。

今から二年程前に久しぶりに彼に逢って、この時の恨みを話しておきました。彼も覚えていました。


足首がパンパンに腫れ上がり、その日と次の日の朝練休みました。


今は怪我をしたら完治するまで休みますが、当時は捻挫程度で休んでいると、肩身が狭く、無理してでも復帰しました。テーピングもしません、

頼りないサポーターだけでした。


そして合宿が始まって3日目だと思いますが。


オヤジ何考えていたのか、私が三本目に上がります。

上で怪我人が出たのかもしれませんが。


その場で実家に電話して、親父に報告しました、


えっと、このブログでは、北島先生はオヤジと表記して、

私の父は親父とします。(笑)


四軍でも五軍でもって言っていた親父です。こんなに早く三本目に上がるとは思っていなかったらしく、大層喜んでいました。


三本目に入った私は、大活躍します。


回りのレベルが高いんです。

何でこの人三本目なんだ?

他の大学なら確実に一本目でしょう。って人が結構居ました。


私が上級生になった頃も、夏合宿では三本目が強かったです。


高校ジャパン候補クラスははゴロゴロいるし、オヤジが見ていないから、柄悪いし、のびのびやっているので、秋に一本目が戦う対抗戦の相手に大差で勝ってました。(笑)



私はロックに入り、ラインアウトは二番を飛んでいましたが、マイボールは100%キャッチしていました。


当時は今のようにリフティングしないので、普通にジャンプして捕るんですが、

一般的にワンステップと言われる、大きく踏み込んで飛び上がるんですが、


この頃、私は基礎体力最高潮で、垂直跳び60センチ近くありましたから。


踏み込まないノンステップで跳んでいました。


前に書きましたが、相手の気を逸らして、素早い動作でそのままぴょーんと跳びます。


問題は投げ入れる先輩。


私がいつ跳ぶのか判らないんで呼吸が合いません。


こんな時は上下関係もなく。



サインを言った後、構えたら、

弓を引いた状態で待ってて下さい。私は自分のタイミングで跳びますからって。


納得してもらいました。

でも、私に投げれば、確実に取れるので、重宝がられてました。


あと、スッと手を出して、指で一秒後とか二秒後とか合図していました。


さっき言ったようにみんなのレベルが高いんで、私1人好きにやっても、完璧にフォローしてくれました。

又上級生がやりたいようにやれといってくれました。

凄く楽しい試合を続けます。

なんか、この辺の話楽しい。


一年生の夏の話でパート5位いきます。(笑)


そんなにいかないか。