ラグビー人生50夏合宿 | 山親父の日記

ラグビー人生50夏合宿

8月1日の集合を前に7月の最終日、合宿所に戻りました。

新宿から乗った京王線、

八幡山の高架駅に電車が入るとき、

遠くに清掃局の煙突をみて、現実というか、絶望感を感じました。


ここから10日の菅平合宿まで、予備合宿が始まりました。

暑い東京で、基礎体力を付けます。


普段の年は暑い中、地獄のランパスなのですが、この年はグラウンドの改修工事があり、


思っていたより、楽だったように覚えています。

当時は菅平には、下級生はバスに諸々の荷物と一緒に詰め込まれ、(一部上級生もいましたが。)


上級生は自家用車に分乗して、現地集合でした。

まるみ山荘という宿舎でした。


私が入る部屋は、ロック、No.8部屋でした。


詳しく言うと、その部屋の押し入れの下の段でした。(笑)


この頃から薄々感じていたんですが、この時5年生だったNo.8の河瀬さん(現摂N大学監督)がどうも私を可愛がってくれていました。

直接の先輩が居ない私を、大工大の飲み会に連れていってくれたりしていましたから。


この事は私の一年生の生活の残り半分に大きな影響を与えます。


さて、明治の夏合宿のスケジュールは、8月10日から20日までの10日間。


朝は確か、6時半起床。


グラウンド迄15分程走っていき、7時から10時迄練習。


練習の前半はランパス等の走り込み。


後半は1~5本目に別れてチーム練習になります。


帰りは、走って帰るか、マネージャー車に溢れ返るほど乗り込んだり。


宿のマイクロバスに乗ったりしながら帰りました。


上下関係がうるさい割にはこういうところは無頓着で、一年生もちゃっかり乗せて貰えました。


宿舎に戻って直ぐに食事。

その後昼寝します。

この間に、マネージャーがOB達と麻雀をしているオヤジのところに、お伺いに行き、


オヤジが手を動かしながら組むメンバーをメモしてきて、

食堂横のホワイトボードに、5本目迄のメンバーと、

何処のグラウンドで、


何時からの試合か、
又、出発時間を書いていきます。


大体まるみ山荘のグラウンドは1と2本目迄、


3本目から下は、相手チームのグラウンドに、小さな遠征に向かいます。


つまり、2本目以上にならないと、プレーをオヤジに観ても貰えません。


まぁOB等が偵察に来ていたみたいですが。


そして各々チーム、試合が終わると、基本的にその場で解散になり、だらだらと宿舎に戻りシャワーを浴びて終わりです。


高校の時とは雲泥の差でした。(笑)

たまにホームグラウンドに集合で仕上げの練習したりしましたが、大体がこんな感じでした。


次回はもう一度夏合宿の話を。