ラグビー人生45一年生春 | 山親父の日記

ラグビー人生45一年生春

今はありませんが、当時のラグビーマガジンには、主要大学の新人を春に大きく扱ってました。

今のファンブックじゃなく、本文の記事で。

新入生の全体写真を載せて、名前とポジション、出身校が解る程度に。


これに載るのが憧れだったんですが、ついに登場できました。


私はこの頃、カスマッチではロックを、

高校生マッチでは三列で出場していました。


カスマッチの時の話ですが、私は高校時代耳にタコができるほど言われた、


「とにかくタックルは下に入れ!」を頑なに実行しようとして、スピードの無いタックルをしていたんです。


ある日の試合中、3年の石黒さんだったと思いますが(石巻高FL)こう言いました。


「お前のタックルなんだか変、何であんなに下に入ろうとするのか?」と、聞いてきました。


私は

「タックルは下に行けと、習って来ました。それに下に入らないと倒せません。」と答えました。


すると石黒さん、



「お前は勘違いしている、タックルの目的は倒す事なんだ、下に入る事じゃない。倒すことができるなら、上に入ろうが、襟首掴んで引きずり倒そうが何だって良いんだ。あんなにスピード落とすぐらいなら、思いっきり脇腹に入ってやれ。」





私の目からウロコがぼろぼろと音をたてて落ちて行きました。


下に入らなくても怒られないんだ。と思うと、とーっても気が楽になり、ラグビーって楽しいって思わず笑ってしまうほどの意識改革でした。


それからは反対に、下に入らなければ止められないような時には、躊躇しなくなりました。



ありがとうございます。


もうひとつ、大学に入って変わったのは、究極の負けず嫌いになりました。


元々そうでしたが、全身全霊で戦って、もし負けても潔くと思っていましたが、

どんな事をしてでも勝ちたいと思うようになりました。


きっかけは高校生マッチです。



これに負けると必ずしぼられます。絶対敗けられないんです。


大学に入って私かなりダーティなプレーヤーになりました。(笑)


試合中いつもケンカ腰でした。


目黒との試合中、あまりにもしつこく絡んでくる奴に頭に来て、そいつのヘッドキャップ両手で掴んでパッチキ三発かましたら、


レフェリーの、今、目黒の監督しておられるはたかまさんに退場を言い渡されました。


高校生マッチで退場した第一号らしいです。(笑)


格好つかなくて、ふらふらと司令塔のオヤジのところに、謝りに行きましたが、完全に無視されて、少しビビりました。


しかしその後何事も無かったように使い続けてもらってほっとしました。(笑)


一年生だけのチームで同じ対抗戦のどこだかの二本目に勝ったりして、新聞にメンバー表付で、


「今年の明治新人は豊作」と載りました。


この試合、敵ゴール前のラインアウト、私は二番に並んでいたんですが、


投げ入れるFL宇田川(久我山出身)、


サインは、

「俺がお前にやられたやつ」

そうです、花園の一回戦で戦った時に、伏見がラインアウトのリターンパスでトライしたとき、


ブラインドサイドに居たのは彼だったんです。


この時もバッチリサインプレーを決めて彼がトライしました。




しかし、私は春のオープン戦は、四本目での出場でした。


親父が送り出す時に言っていた、

「四軍でも五軍でも腐るな」を心掛け、また自分でも、

「俺の実力はこんなところだろう。」と、思ってました。


練習も、他の一年生に溶け込み、その他大勢をなしていました。



一年生の春は、合宿所の慣れない生活と、粛々と練習をこなして過ごしました。