ラグビー人生43日々の練習 | 山親父の日記

ラグビー人生43日々の練習

1982年昭和57年4月1日

大学1年のシーズンが始まりました。


キャプテンは藤田さん
バイスは岸さん

合宿所にはマネージャー部屋、キャプテン部屋、3号部屋から9号部屋まで、


私は11号部屋でした。?


屋上にプレハブ小屋があり、10、11号部屋が有りました。

この2部屋は12畳程の一間の座敷で全員布団を並べて寝ます。


各学年二人ずつ、8人部屋です。


他の部屋は、下級生はふたつある二段ベッドに寝るので、最低限のプライバシーは保てるんですが、うちの部屋にはありません。


辛いですね。


さて、普段の練習は午後2時からです。

15分前にはぞろぞろグラウンドに集まります。


各自思い思いにアップします。

号令がかかり、グラウンドを一周半回ります。


この時一年生は全体の先頭を走り、グラウンドの各コーナーを必ず回らなければなりません。


先輩方は大分内側を回るので私達はほとんどダッシュに近いです。


それからラジオ体操をして、二人一組になり、柔軟体操です。


その後、ショートダッシュやバッキアップ、時にはランパスなど走り込みです。

一年生は全力でゴールを切り、先輩にボールを渡す時は、放り投げるなどもっての他で、全速力で手渡しです。


FWとBKに別れて、スクラム、ラインアウト、モールラックの練習。


スクラムの時はオヤジ(北島先生)が何時も横で見ていました。


その後部内マッチ。か、高校生マッチ。


ほとんど毎日試合していました。


通称(カスマッチ)

メンバー以外がオヤジのいる司令塔の前に集合します。


「一列」フロントロー。
「二列」ロック。


と、オヤジが呼ぶと、自分のポジションの時に手を上げます。


オヤジのご指名待ちです。

私は二列と三列手をあげ続けました。


15分ハーフを四本して、練習は終了でした。


ただし、相撲の本場所が始まると、早く練習が終わりました。(笑)


まだまだ話しは続きます。今回はここまで。