ラグビー人生39セレクション | 山親父の日記

ラグビー人生39セレクション

全国大会も終わった1月、八幡山のグラウンドでセレクションが行われました。

合宿所に着いて諸々の書類を提出しました。


成績表とか(笑)


ここでラグビーの経歴というか、今まで雑誌や新聞、試合のメンバー表など、自分の名前が出ている物をファイルして、提出したのですが。


両親は私の知らないうちに、完璧に残してくれていました。凄い量でした。


小さな新聞の切り抜きから、試合のチケットまで、


私の両親らしくありません。(笑)


さて、各々練習着に着替えグラウンドに集合しました。


半分程の受験生は顔見知りでした。ジャパン合宿や試合相手だったり。豪華メンバーでした。



最初、陸上トラックに行き、短距離走の測定です。

確か私、


50m 6,5秒
100m 12,6秒


結構足早かったんです、フォワードとしては、


ちなみに1年の終わりにはもっと早くなって、6,3の12秒フラットまで行きました、人生最速ですね。


何せ人生掛かっているんで必死で走りました。


その他1500m測りましたがそれは覚えてまてません。

その後裏庭に移りバーベルを挙げます。

エイャって頭の上まで。


学校で練習した時、80kgだったんですが、火事場の馬鹿力で、85kg挙げます。


昼食を挟んでグラウンドで試合をしました。大学の1年生チームと。


この時、凄いって思ったのは北島先生。


午前中の諸々の計測を見ていただけで、受験生の顔とポジションを頭に入れて、司令塔の上から一人一人指差してチームを作りました。


ひときわデカイやつを指差し、


「おぃ!目方はナンボだ?」

「はいっ!ささささっき、量ったども、ひゃくさんきろっだす」


いなかっぺ大将かと思いました。(笑)


少し誇張しましたが、秋田出身、龍幸の名言。

いまだに酒の肴になっています。(笑)


私も関西弁バリバリでしたが。


さて試合、私は前半⑤後半⑥で出場しました。


対面のツッチーに結構良いタックルを決めました。


その日はそれで終了でした。


それからしばらくして、入試前に、勉強合宿がありました。


昼間食堂で大学院生の講師が来て、問題の傾向や対策を指導するんですが、私達幼稚園に入ったチンパンジーみたいにちんぷんかんぷんでした。(笑)


しかし、夕食後は、自由行動なんで、最後の青春を謳歌するため、夜な夜な歌舞伎町のディスコなんかに行ってました。

東京に来ることが出来るか判らないのにナンパしてました。



そして入試。

一般の学生と一緒に受けます。


今は知りませんが、私達の頃は、いわゆる下駄をはくという言い方をしますが、

ラグビーの試験(セレ)で何点か着くんですが、筆記試験の点数に上乗せしてもらえるんです。


ですから私達は競争率に入りません。


私達が入る事により、落ちる学生はいないんです。


文学部と商学部を受けました。これは希望したわけではなく、勝手に受験票が出されてました。



実家に戻ってしばらくして、いっこ上の山中さんから電話があります。


文学部に決まったと、


それから入寮に関する話を簡単に、最後に丸坊主になって来るようにとの事でした。


地獄の合宿所生活が待ってました。