ラグビー人生35 | 山親父の日記

ラグビー人生35

花園一回戦は第二グラウンドで行われました。


屈指の好カードで観客は膨れ返ってました。
アップの時からテレビ取材が凄かったです。


試合は一進一退でしたが、自陣22メートルのラインアウトからバックスのサインプレーでトライされます。


当時のうちのディフェンスは自陣敵陣共に22メートルラインに入ったらマークマーク、そのあいだの時は詰め、で決めていました。


当時のラグビー知らない人にはちんぷんかんぷんかも知れませんね。説明は難しいです。

そのうち時間があれば解説します。


この意志疎通がうまくいかずとられてしまいました。

えーと0対6です。


前半最後の最後に攻め込みますが、とりきれずに私がPKを決めて折り返します。

3対6


後半また得点を取ったのは久我山です、キックの応酬から繋いで、トライされました。

ゴール決まらず。


3対10


そして終了間際、敵陣ゴール前ラインアウト、ツーメンにして、マコが投げ入れたボール、前で受けた杉が空中で投げ返します。

解説のアナウンサーによれば頭脳的なプレーで、コーナーに飛び込みます。

はい、ここで7対10。


端っこから私がゴールを狙います。


先生はあのイングランドとの死闘で(6対3お互いノートライの試合で唯一の得点を上げたゴールキッカーです)



私も同じ爪先で蹴るトゥキッカーだったんですが、特に指導は受けませんでした。自己流だったんです。


前半のPKもそうですが、四歩下がって、三歩ゆっくりと進んで蹴ります。


力まずに。方向重視で。


先生の蹴り方は五歩下がって、三歩で蹴ります。最後の一歩は飛び込む様に。


なぜかこの時先生のステップで蹴りました。

後にも先にも公式戦でこの一回切りです。


綺麗な放物線を描き、めちゃくちゃ飛びました。


テレビの画面から消えてましたからボールが。


ゴールポストのはるか上を通りました。


9対10


残り時間わずかですが、キックオフのボールを敵陣に持ち込みさえすれば、PKで逆転です。


チームも盛り上がったのですが、深く蹴り込まれたキックオフのボールを、何を思ったのか、SOの健がタッチに蹴り出します。


ここでノーサイド。



グラウンドに崩れ落ちました。


終了後泣きじゃくりながら円陣を組む私達を物凄い数の記者が取り囲みます。


そっとしておいて欲しかったですが。


先生は、
「この結果はすべて先生の責任だ、今年はいつもお前達のそばに居てやれなくてすまなかった、ご苦労様、顔を上げて帰ろう。」


ひたすらラグビーに打ち込んだ高校のシーズンが終わりました。