ラグビー人生20 | 山親父の日記

ラグビー人生20

普段の練習でも、すべてベストを尽くしていました。
練習最初の走り込みでもみんなきちんとゴールを切ります。


これは絶対必要な事だと思います。
「最後の1mや2m力を抜いてもたいして変わらんやろ」

と、言うような人が居たら、

「たいして変わらんのなら走れよ」と言い返したい。

少なくとも高校ラグビーでは、ここをやるかやらないかで差が出ると思います。

ラグビーをする高校生に「目標は?」と聞けば。みんな口を揃えて

「花園出場」
「全国制覇」

というでしょう、しかし花園出場できるのは、一県一校だし、全国制覇は全国で一校だけです。


そこに到達するには何気なく毎日を過ごしていては難しいと思います。


私は無神論者ですが、緊迫した試合で最後の最後、あと5センチとか10センチ、手が届くかどうか、普段練習をきっちりやっていたか、神様は見てくれるような気がします。


ラグビーに関しては私は物凄くまじめでした。


多分三年間一度も練習を休んだことが無かったと思います。


高2の春の連休に、東京の八幡山に遠征したんですが、目黒高校と久○山と朝から晩まで試合をしました。

その最終戦、ラインアウトでボールに飛び付いたとき、ボコッと音がして。


見てみると、左の小指が外れて外側に曲がってました。


しかしプレーは続くんで、右手で押さえながら、ディフェンスラインに並んだりしていました。


プレーが途切れ、レフェリーに見てもらいますがどうしょうもありません。


副キャプテンの西口さんにお願いして、パキンと元に戻してもらい、テープで薬指にくくり付けて続行しました。


その直ぐ後、タックルされてラインの上を滑るように倒されました。


今ラインはスポーツ石灰を使いますが、当時は普通の石灰なので水分とジャージの繊維とあと何か解りませんが、化学反応を起こすらしく。背中の右半分火傷を負ってしまいました。


帰りの新幹線、友達に席を開けてもらい、三人掛けに横になって帰りました。


家に着いても、親父が心配して何処かから軟膏みたいなのを貰ってきて塗ってくれましたが、七転八倒していました。


次の日、学校は休んで医者に係り、薬である程度収まりました。


家に帰りお袋にさらしを出してもらい、高倉の健さんの様に体に巻き付け、練習にだけ参加しに学校に行きました。


普通に練習しましたが、スクラム組むときだけ、五番に入ってパックされると、右脇が飛び上がる程痛いので四番で組んでました。


それを見て、一般教科の先生から、授業を六時間丸々欠席してクラブ活動だけというのは如何なものかと、クレームがついたようです。


この遠征で、私はレギュラーの手応えを手にしましたし。


久○山と目黒が、毎週八幡山で壮絶な試合を繰り返し、大学生にも胸を借りて、力をつけている現実を見て、うちの高校だけが頑張っている訳ではないことを知りました。


次回は国体、大工大と二回目の対戦です。