「パパ、聞いてる?」
その一言で、
ハッとした。
日曜日の夕方だった。
リビング。
子どもが何かを一生懸命話している。
学校であったこと。
友達のこと。
ゲームのこと。
たぶんそんな話だったと思う。
でも。
僕は聞いていなかった。
正確には、
聞いているつもりだった。
頷いていた。
相づちも打っていた。
目も向けていた。
だから聞いていると思っていた。
でも。
頭の中は別の場所にあった。
月曜日の会議。
顧客への提案。
まだ返していないメール。
来週のスケジュール。
そんなことばかり考えていた。
だから、
話の内容が全然入ってこない。
子どもは気付いていた。
「パパ、聞いてる?」
もう一度言われた。
僕は慌てて答える。
「聞いてるよ。」
でも。
次の質問に答えられなかった。
何の話をしていたのか、
分からなかったから。
その瞬間、
子どもの表情が少し曇った。
今でも覚えている。
別に怒っていたわけじゃない。
責めていたわけでもない。
ただ、
少し寂しそうだった。
その顔が妙に残った。
仕事は頑張っていた。
家族のためだと思っていた。
収入も増やしたかった。
将来の不安もなくしたかった。
全部、
家族のためだった。
でも。
家族のために頑張っているはずなのに。
目の前の家族を見ていなかった。
それが少しショックだった。
ある日。
妻に言われたことがある。
「最近ずっと仕事してるよね。」
僕は反論した。
「いや、家に仕事は持ち帰ってないよ。」
すると妻が言った。
「そういう意味じゃなくて。」
その時は意味が分からなかった。
でも今なら分かる。
身体は家にいた。
でも。
意識はずっと会社にいた。
だから休まらない。
だから疲れる。
だから目の前の声も聞こえなくなる。
当時の僕は、
忙しいだけだと思っていた。
責任があるから仕方ないと思っていた。
でも違った。
本当に失っていたのは時間じゃない。
余裕だった。
心の余白だった。
だから、
子どもの話を聞くエネルギーすら残っていなかった。
もしあの頃の僕に会えるなら、
こう言いたい。
「子どもは話を聞いてほしいんじゃない。」
「パパにここにいてほしいんだ。」
たぶん当時の僕は、
意味が分からなかったと思う。
僕自身、
分かっていなかったから。
PS
昔の僕は、
家族との時間は確保できていると思っていました。
でも後になって、
時間と存在感は別物だったと知ります。
そのことに気付くきっかけになったのが、
僕がたまたま読んだ無料のメルマガでした。
もし今、
家にいるのに休まらない感覚があるなら。
何かヒントになるかもしれません。
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