不思議だった。
朝、目が覚める。
身体が軽い。
頭もスッキリしている。
コーヒーを飲まなくても動ける。
通勤も苦じゃない。
同僚との雑談も楽しめる。
仕事も進む。
集中力も続く。
「あれ?」
と思うくらい調子がいい。
でも。
そういう日に限って、
ある共通点があった。
会議がない。
ただ、それだけだった。
海外チームとの定例会議もない。
顧客との商談もない。
役員報告もない。
人前で話す予定が何もない。
それだけで、
僕は別人みたいに元気だった。
だから当時は思っていた。
「自分は会議が苦手なんだ。」
「人前で話す才能がないんだ。」
「プレッシャーに弱い人間なんだ。」
と。
実際、
会議の日になると様子が変わる。
朝から落ち着かない。
メールを読んでも頭に入らない。
同じ資料を何度も見返す。
確認しているのに、
なぜか不安が消えない。
何か見落としている気がする。
何か失敗する気がする。
だからまた確認する。
そして疲れる。
会議が始まる前なのに。
もう消耗していた。
ある日。
妻に言われたことがある。
「今日、会議あるの?」
「え?」
「なんか顔が違うから。」
ドキッとした。
自分では隠しているつもりだった。
普通にしているつもりだった。
でも。
家族には分かっていた。
身体が緊張していることも。
心が追い詰められていることも。
全部。
見えていた。
その時も僕は、
もっと頑張ろうと思った。
もっと経験を積めばいい。
もっと英語を勉強すればいい。
もっと場数を踏めばいい。
そう考えた。
でも。
何年経っても変わらなかった。
むしろ悪化した。
責任が増えるほど。
立場が上がるほど。
苦しさも大きくなった。
今なら分かる。
会議が嫌だったわけじゃない。
人前で話すのが苦手だったわけでもない。
英語が問題だったわけでもない。
当時の僕は、
会議というイベントを前にすると、
身体ごと戦闘モードに入っていた。
毎回。
毎回。
毎回。
だから終わる頃には、
仕事をしたというより、
戦争から帰ってきたみたいになっていた。
当然だ。
そんな状態を何年も続ければ、
どこかで壊れる。
でも当時の僕は、
そのことに全く気付いていなかった。
むしろ、
これが社会人として普通なんだと思っていた。
だから余計に苦しかった。
もしあの頃の僕に会えるなら、
一つだけ聞いてみたい。
「会議がない日は元気なのに、
どうして自分を無能だと思ったんだ?」
たぶん彼は、
答えられないと思う。
僕も答えられなかったからだ。
ただ、
あの違和感だけは本物だった。
そしてその違和感こそが、
後に人生を大きく変える入口になった。
PS
昔の僕みたいに、
理由は分からないけれど仕事の日だけ異常に消耗する。
そんな人のために、
遠回りして学んだことをまとまっています。
必要な人だけ、どうぞ。