今日は公開保育でした。
何だか分かりにくいが、円に切り口を入れて折って羽のようにして、円の真ん中マッチ棒をさしてそれにストローを通して風車のようにします。
その後、保護者のみ園長先生(シスター)のお話の時間になりました。
キリスト教的愛についてお話がありました。
何だか私目ウルウルになるのを一生懸命抑えながら聞いてまいりました。
お題 「人は愛するために愛をもらった」
-「愛されている私」を体験させる家庭教育-
・毎日何でもなくても「名前」をたくさん呼んであげること
・目の高さに立って話を聴いてあげること
・じっくり眺める時を持つこと
etc…
小さいときに自分は愛されているんだという経験を積むことにより、大きくなって死にたいほどつらく悲しい目にあったときでも乗り越えていける。
膝の上に座らせて上げなさい。そのぬくもりが大事なんです。
子供ってすべての行為に何かを発してるんだもん、その何か、というのは「愛」![]()
の何ものでもない。
それに最近気づかされていた私。
そしてそれは大体母親向け。「お母さん見て~」「お母さん来て~」
ほめて欲しかったり、言って欲しかったり、して欲しかったり。
分かっちゃいても時にウザかったり、いい加減にしろと思ったり…今は次男の断じて乳離れしない状況にキレ寸前、旦那に八つ当たりしていた私にカツ
園長先生の言葉にズキュンズキュン打たれながら心洗われました。


