「中国は好きですか?」
私は、好きというレベルではなく、生前は故郷だったと強く感じるレベルである。
どういうことかというと、中国を旅する中で、異国に来たと感じるより、
「あぁ~懐かしいな~」
と言う感情が込み上げ、涙目になったからだ。
その瞬間から、お隣中国を敬愛する念から、かつての故郷と思うようになり、自分の中に、中国人が同居している感覚に囚われてもいる。
もちろん、中国映画を見た時も同様なのである。
さて、前置きが長くなったが、拙い私のブログをお読みいただいている諸氏のためにも、中国旅行記を記さねばならない。
第一弾として、上海。
上海は、日本で例えれば、大阪のようなもの。しかし、活況は、大阪以上。
かつては、イギリスのサッスーン一族が造った上海外灘(Bund)が隆盛を極めていた時代もあったが、
今は、聳え立つ摩天楼に対して、ひっそりと佇んでいるように感じる。
ところで、どのようにして上海に行ったかというと、船である。
神戸港から出帆していた鑑真号(今は、新鑑真号)という大型フェリーで二日間かけての船旅だ。
室戸岬沖を過ぎた頃から船体は大きく揺れ始め、大半の人は船酔いを経験する。
えっ?私?かろうじて船酔いに合わなかった。
鑑真号のスタッフは、中国人。
日本人スタッフとは違い、多少ぶっきら棒であった。ま、これもまた異国への船旅に、色を添えるものであり、不満は微塵も感じなかった。
遠く、中国大陸が見え始めた頃、船内からデッキに多くの日本人が「おおっ!との驚きの声。それから、長江を遡上し、呉淞口から長江の支流、黄浦江に入った。薄茶色の河の水が運河のような黒い水に変わる。
長い船旅を終えて、上海に上陸(笑)
飛行機でサッと降り立ったわけではなく、感慨深いものになった。
実は、上海では、先に挙げたような郷愁を感じなかった。おそらく多くの西洋人が居留した痕跡が色濃く残っていたからであろう。
独特な様相を帯びていたのが、上海大厦(ホテル)
そして、規模の大きさに感動したのが、上海外灘。
そこはまず、緩やかにカーブを描く河沿いの幅の広い歩道。とにかく人が多い。さらに幅の広い車道を挟んで対面には、サッスーン一族の建造物群。銀行やホテルなどが立ち並ぶ。壮観である。
で、楽しみにしていた、和平飯店(フェアモントピースホテル)。
このホテルは、歴史があり、風格があり、有名なジャズバンドもある。
そして、食べ物も美味しい。
ワクワクしつつまずは昼にホテルへと入り、下見。昼食を所望。そして、夜に再訪し、ジャズに酔いしれる。何曲かリクエストした思い出がある。
上海では、街のあちこちを訪ねたが、一番印象に残っているのが、そこら中で太極拳をたしなむ人たちの多さである。これを見なけりゃ、中国に来た意味がない!というほど有名。しかし、もし、日本であったら異様であろう。
もう一つ、自転車の多さである。自動車よりも幅をきかせていた。私が乗っていたタクシーに激突しても(当然、自転車が悪い)、「対不起(ごめんなさい)」というどころか、逆ギレ!非常に怖かったのを覚えている。ま、これも上海の懐かしい思い出である。