多摩蘭坂へ
前の記事に引き続き、
忌野清志郎ネタ、
もう1本やらせて頂きます。
世間では、FUJI ROCKの真っただ中、
前の記事にも書いた
お墓参りのあと、
僕の中学生の頃からの夢の場所を目指しました。
僕の中学時代からの
永遠のスターこそが、
『忌野清志郎』なのですが、
その『忌野清志郎』の当時のバンドが
『RCサクセション』です。
で、その『RCサクセション』時代に発表した
「多摩蘭坂」
というラブソングがあって、
その舞台というか、
モチーフになった坂が
国立市にある、
「たまらん坂」という坂で、
中学生の頃から
いつかその場所に行ってみたいというのが
僕の永年の夢でした。
国立駅の

南口を出て、

大学通りに向かって、
左の旭通りへ。

歩くこと約20~30分。
ありました
目の前に、ゆったりとした長い坂が!!
そこに、目印の標識を発見

その標識を見ると、
この長い上り坂を
むかし「たまらん、たまらん」と、
言いながら登ったことから、
その名が付いたという表記が。
更に、読んで見ると、
あて字で、
「多摩蘭坂」とも言われてる。とも…。
きっと、この名付け親が
清志郎なのではと考えながら、
“たまらん坂をのぼり切る手前の
坂の途中の家を借りて
住んでる~♬”と、
唄ってるまさにその場所に、
昔、ココにあった石垣が、
保存されており、
そこには、亡き清志郎に
捧げるメッセージが。

中学生の頃から、
思い続けてきた夢に
ひとつ、辿り着いた瞬間でした。

この石垣を、
こうやって保存してるこの街は、
本当に素晴らしい。と
真面目におもいました。

また、この“たまらん坂”を
活用した街おこし的な
動きが、今は起こってるみたいで、
元々、ある坂とは言え、
清志郎の唄った作品から
こういう流れが起こってるということに、
本当に、感動しました。

清志郎は、
きっと、生きてます。
LOVE&PEACE

LONG~、SLOW~、DISTANCE
忌野清志郎ネタ、
もう1本やらせて頂きます。
世間では、FUJI ROCKの真っただ中、
前の記事にも書いた
お墓参りのあと、
僕の中学生の頃からの夢の場所を目指しました。
僕の中学時代からの
永遠のスターこそが、
『忌野清志郎』なのですが、
その『忌野清志郎』の当時のバンドが
『RCサクセション』です。
で、その『RCサクセション』時代に発表した
「多摩蘭坂」
というラブソングがあって、
その舞台というか、
モチーフになった坂が
国立市にある、
「たまらん坂」という坂で、
中学生の頃から
いつかその場所に行ってみたいというのが
僕の永年の夢でした。
国立駅の

南口を出て、

大学通りに向かって、
左の旭通りへ。

歩くこと約20~30分。
ありました

目の前に、ゆったりとした長い坂が!!
そこに、目印の標識を発見


その標識を見ると、
この長い上り坂を
むかし「たまらん、たまらん」と、
言いながら登ったことから、
その名が付いたという表記が。
更に、読んで見ると、
あて字で、
「多摩蘭坂」とも言われてる。とも…。
きっと、この名付け親が
清志郎なのではと考えながら、
“たまらん坂をのぼり切る手前の
坂の途中の家を借りて
住んでる~♬”と、
唄ってるまさにその場所に、
昔、ココにあった石垣が、
保存されており、
そこには、亡き清志郎に
捧げるメッセージが。

中学生の頃から、
思い続けてきた夢に
ひとつ、辿り着いた瞬間でした。

この石垣を、
こうやって保存してるこの街は、
本当に素晴らしい。と
真面目におもいました。

また、この“たまらん坂”を
活用した街おこし的な
動きが、今は起こってるみたいで、
元々、ある坂とは言え、
清志郎の唄った作品から
こういう流れが起こってるということに、
本当に、感動しました。

清志郎は、
きっと、生きてます。
LOVE&PEACE

LONG~、SLOW~、DISTANCE

FUJI ROCK FESTIVALの日に!
暑い真夏の定番、
『FUJI ROCK FESTIVAL』の、
真っ最中です!
本来なら、
間違いなく、
そのど真ん中にいるべきなのが、
ROCKのKING、
ROCKのGOD、
まさに、永遠のロックンロール、
“忌野清志郎”。だった。
それが、
昨年の5月に亡くなってしまっってから、
どうも、
そうしたフェス会場から
足が遠のいてしまってるんですが、
やっぱ、この季節は、
じっとしていられなくて、
“忌野清志郎”に
触れてたいな…と、
お墓参りに行ってきました。
場所は、
東京都八王子市初沢町の
高尾霊園・高乗寺。

この地が選ばれたのは、
高校時代を過ごした東京・日野市にほど近く、
宗教・宗派に関わらず墓地を求めることが出来るからとのことです。

高尾駅・北口で、
送迎バスを待ちました。
そのバス乗り場の前にある
清水石材さんこそが、
清志郎さんのお墓の施行を
やられたとのことで、
ココで、清志郎さんのお墓の場所を
教えていただいたところ、
「近くまで行けば、
絶体に、分かります」と。

で、高尾霊園に着いて、
案内所で、
再度、念の為に、
お墓の場所を尋ねてみたところ、
忌野清志郎の墓と
記された地図を頂きました。
その地図を見ながら、
お墓に近付いてみると、
お墓は、
清志郎さんらしい、
ロックなお墓で、
周囲のお墓とは、
全く異なる雰囲気でした。
お墓は、
低く積んだレンガの囲いで覆われ、
それは清志郎さんが愛した
英ロックバンド「ザ・ビートルズ」の名曲
「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」の
題材となった建物の雰囲気をコンセプトに作られたとのこと。
(現に、清志郎自身も、夏の日比谷野音で、
カバーし、ライブ音源を、素晴らしい作品として
「TEARS of a clown」で、残しています。)

門柱には、
左側に、
キヨシローブタの上に、長男のタッペイ君。

右側に、
イシイブタの上には、モモちゃん

が、お出迎え。
また、切り出し加工していない天然の御影石製の墓標には、
本名の栗原清志でなく
「忌野清志郎」の字が刻まれていて、
生前に残した自筆の署名をそのままの形で彫り込んだものとのことで、
確かに、清志郎さんの筆跡です。

傍らには清志郎さんがデザインした
ファンなら、絶体、知ってるキャラ
「ひとはたウサギ」の
ブロンズ像が墓石に腰掛け、
生前愛用したGibson社のギター
「J―200」を弾いているという、
かなりROCKな感じです。

花台・香灯には、
LOVE

と、
PEACE

が。
更に、その真ん中の扉を
開けると、
「君の口に似てる」、
お月様が。

お花をお供えし、
お水を掛け、
最後に、お祈りしました。

今まで、
キヨシロー、サンキュー
です。

『FUJI ROCK FESTIVAL』の、
真っ最中です!
本来なら、
間違いなく、
そのど真ん中にいるべきなのが、
ROCKのKING、
ROCKのGOD、
まさに、永遠のロックンロール、
“忌野清志郎”。だった。
それが、
昨年の5月に亡くなってしまっってから、
どうも、
そうしたフェス会場から
足が遠のいてしまってるんですが、
やっぱ、この季節は、
じっとしていられなくて、
“忌野清志郎”に
触れてたいな…と、
お墓参りに行ってきました。
場所は、
東京都八王子市初沢町の
高尾霊園・高乗寺。

この地が選ばれたのは、
高校時代を過ごした東京・日野市にほど近く、
宗教・宗派に関わらず墓地を求めることが出来るからとのことです。

高尾駅・北口で、
送迎バスを待ちました。
そのバス乗り場の前にある
清水石材さんこそが、
清志郎さんのお墓の施行を
やられたとのことで、
ココで、清志郎さんのお墓の場所を
教えていただいたところ、
「近くまで行けば、
絶体に、分かります」と。

で、高尾霊園に着いて、
案内所で、
再度、念の為に、
お墓の場所を尋ねてみたところ、
忌野清志郎の墓と
記された地図を頂きました。
その地図を見ながら、
お墓に近付いてみると、
お墓は、
清志郎さんらしい、
ロックなお墓で、
周囲のお墓とは、
全く異なる雰囲気でした。
お墓は、
低く積んだレンガの囲いで覆われ、
それは清志郎さんが愛した
英ロックバンド「ザ・ビートルズ」の名曲
「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」の
題材となった建物の雰囲気をコンセプトに作られたとのこと。
(現に、清志郎自身も、夏の日比谷野音で、
カバーし、ライブ音源を、素晴らしい作品として
「TEARS of a clown」で、残しています。)

門柱には、
左側に、
キヨシローブタの上に、長男のタッペイ君。

右側に、
イシイブタの上には、モモちゃん

が、お出迎え。
また、切り出し加工していない天然の御影石製の墓標には、
本名の栗原清志でなく
「忌野清志郎」の字が刻まれていて、
生前に残した自筆の署名をそのままの形で彫り込んだものとのことで、
確かに、清志郎さんの筆跡です。

傍らには清志郎さんがデザインした
ファンなら、絶体、知ってるキャラ
「ひとはたウサギ」の
ブロンズ像が墓石に腰掛け、
生前愛用したGibson社のギター
「J―200」を弾いているという、
かなりROCKな感じです。

花台・香灯には、
LOVE

と、
PEACE

が。
更に、その真ん中の扉を
開けると、
「君の口に似てる」、
お月様が。

お花をお供えし、
お水を掛け、
最後に、お祈りしました。

今まで、
キヨシロー、サンキュー
です。


頂きました。












