“マジ怖いから絶対やりたくない。でも、やりたい~

アレックス・オノルド”


“山家”と“岩家”という呼称がある。

前者を耳にすると想起させられる人は、例えば植村直己。とするならば、後者は小西正継を挙げなければなるまい。彼が所属した山岳同志会は、無酸素登頂がヒマラヤで競われ始めた時代に、突如、魔の山ジャヌーの北壁に大挙して無酸素登頂者を出し、世界を文字の通り、アッと言わせた。その山岳同志会のメンバーの大半は、北岳のバットレスでトレーニング中ブロック雪崩にあい、帰らぬ人になる。また、当時もっとも強く、将来を嘱望された岩家の山岳同志会 今野も、不用意に握った一の倉沢衝立岩正面壁上部のピトンが抜け、帰らぬ人になった。

さて、現代。当ブログでも紹介した、傑出したタレントのクライマーが難攻不落の針峰セロトーレをフリー化(確保のみあり。人工登攀なし)したドキュメンタリー映画「クライマー、パタゴニアの彼方へ」で主演したデビット・ラマもまた、享年29歳で鬼籍入りしてしまった。笑顔が似合う童顔の、死に最も遠いと言われた傑出したタレントのクライマーの彼ですら、である。そう、岩家は山家に比べて、圧倒的に寿命が短い。ダン・オスマン、ディーン・ポッターといった著名なフリーソロクライマー(確保・ロープなし)も、実は登攀とは別のアドベンチャーで命を落としている。

 

この映画の冒頭、フリーソロクライミングに関わったクライマーは皆死んだと鬼籍入りしたメンバーを紹介するシーンがある。また、ドーパミンの過剰分泌を促進すべく加速度的にスリルが肥大化する傾向に併せて、この映画では主人公アレックスオノルドの脳の特徴も映像でとらえている。身体が危機的な状況に際し、防衛機制を働かせるお手本のなせる業か。情動反応と記憶を司る扁桃体が並の刺激では機能しないという、その構造がもたらした機能が加担し、ムーンライト・バットレス、ハーフドームに続く偉業を、彼は成した。

975mの巨大な花崗岩、エル・キャピタンをロープも確保もなしで登るという、無謀としか思えない離れ業とも言うべきこの挑戦を、淡々と追うこの映画では、実はアレックスが何度となく恐ろしさ故に、チャレンジを断念する姿をもまた、丹念にとらえているのだ。映画の冒頭でも、彼はこういうやりとりをしている。


「何回、エル・キャピタンに?」

「40回ほど登った」

「フリー・ソロでは?」

「いや、まだ誰も」

「それは、なぜ?」

「あれ見てよ!怖すぎるだろ!」


では、何故ゆえに、これほどの危険にチャレンジするのか。スリルゆえ、か。

答えは是非、こちらの映画をご覧いただき、貴方が導き出してほしい。この映画を観るという行為には、その価値が、確かにある。

「フリーソロ」は2019年9月6日公開され、第91回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を含む多数の栄冠に輝いた。そしてアレックスオノルドはまだ、生きている。