昨日のLINE LIVE の模様。
「世界から猫が消えたなら」スペシャル。
知人女子が見ていたそうで番組の写真を送って来てくれましてー。
iPadうまく使えず、佐藤健さんに手伝ってもらうわ、それでタイトルコール言ってもらうの忘れるわ、カンペ読み間違えるわ、咳き込むわ。
失態だらけで、男前な佐藤健さんに助けてもらいまくりの20分でしたf^_^;
そうだ。
こないだ、原作者で映画プロデューサーの川村元気さんトークイベントをした時のこと。
「僕は、もし僕が死んだらというのをよく考えていて、お葬式とか誰が来るかなとか、そんなことを妄想するところから、この「世猫」が生まれたんですよ」
と言っておりました。
意外だった。
川村元気さんの映画プロデュース作品は、ずっと司会をさせてもらっていて
「僕の作る映画は、テレビ局出資無理なものばかりだから、いつもさとりさんに頼む」
と笑顔で語る
挑戦的な、怖いもの知らずな、無敵でやり手のお兄ちゃん(勝手に言いたい放題)
イメージが強かったから、本を読んだ時の感情表現の繊細さとか、誰かとの繋がりの繊細さとか、母から子への手紙の多分ドンピシャな(親になって読んで号泣したページ)内容に
こんなこと考えている人だったんだ!
と
人を一面だけで判断してはならぬと反省。
そして
彼のそんな死生観が、もしかしたら、色んなことに挑戦し続ける姿勢なんだろうと気付いたり。
ということをここに書き連ねている私は
今、病院の看護婦さんがバタバタ仕事をする治療室の部屋の片隅で
手に点滴の針を刺されながら1時間経過しています。
咽頭炎的なf^_^;
ベッドが空いてないからソファに座らせられ、まるで看護婦さん達の仕事ぶりを見学してるかのよう。
「神様のカルテ」のワンシーンみたいだな(笑)
小さい頃
「人生いつ終わるかわかんないから、やりたいことやるんだ」
と言うのが小学生の私の口癖だった。
最初にお友達になった幼稚園のお友達が重い病で入院していて
天使みたいな彼女のお見舞いによく行ってたからかもしれない。
もしくは
お婆ちゃんのお葬式で
火葬場から出てきた棺桶に横たわるお婆ちゃんが焼け焦げて、骨になった姿を見たからかもしれない。
だから
勝手に
川村元気さんも
私と同じ考えなんだ
と思い込んでいるのかもしれない。
「世界から猫が消えたなら」
原作には
彼が影響を受けた映画が山のように出てくる。
映画にもそれは反映されていて
宮﨑あおいちゃんがお気に入りのシーンにあげた
「冒頭、健くんが自転車で坂を下りてくるシーン」
なんかは、郵便配達員の映画「イルポスティーノ」だし!
川村元気さんは、佐藤健さんに、この物語が、大好きなティム・バートン監督の「ビッグフィッシュ」みたいな世界観と伝えたんだって。
ティム・バートン監督が来日会見で「ビッグフィッシュ」について
「父を亡くして初めて、とても大切な存在だったと気付いて、多くの影響を与えてくれた人だったので思い出を映画として作った」
みたいなことを言っていたのを思い出し。
あの映画の幻想的で美しい風景が、「世猫」にも反映されていた。
自分の人生観を投影する映画ってあるよなぁ。
なんだろう?
これって以外と難しい。
映画が好き好きで、中毒みたいに見続けて、きっとその時の気分にハマった映画は山のようにあるのに、ポンと出てこない。
「メリー・ポピンズ」を見て、空を飛びたいと思って、父親の傘をさしてマンションの二階から飛び降りた時だって、ピュアに、自由に憧れたんだと思う。
↑
絶対マネしちゃダメだ。というより、娘がそうならないよう、何故、マネしちゃいけないのか理由を今から考え中。
「きみに読む物語」を見て、どんな障害があっても乗り越えてくれる殿方こそが本物の愛だわ!なんて、信じ切ってたあの頃もピュアだったはず(笑)
↑
世の中、しがらみや人それぞれ事情があるもので、でも、まあ確かに障害を乗り越えられないなら、そこまでその人の人生において必要不可欠と思われてないと諦められた(笑)
でも
そうだな
きっと
「世猫」の原作にも出てきた
映画「死ぬまでにしたい10のこと」
を自分なりに考えたら
今は
娘のことしか出てこない。
この点滴を打ってる最中も
私と同じように、まさかのシンクロみたいに、喉を痛めて、咳込む彼女が
早く咳に苦しめられずにぐっすり眠れるように、と願うばかり。
「オール・アバウト・マイ・マザー」
今、見直したら、泣くんだろうか。
あ
原作にも出てきた
チャップリンの名言
「人生は、近くで見ると悲劇だか、遠くから見れば喜劇だ」
この言葉は、私の座右の銘のひとつとも言える(笑)
今の気分だとチャップリン映画
「キッド」がやたらと見たい。