伊藤さとりオフィシャルブログ「さとりのひとりゴト あの映画のウラ・オモテ」Powered by Ameba-2012090418350000.jpg

消化しきれない映画を見た。


不適合じゃなくて、多分、身体に順応仕切れないくらい

適合性があるから、

頭と心が二時間半では追い付かないだけな気がする。


『ふがいない僕は空を見た』


不妊に悩む主婦が出逢った高校生。


同人誌イベントで大好きなアニメのコスプレをする彼女は

高2の彼とコスプレをして身体を合わせることを日常にしていく。

「現実を見なくて済むでしょ?」

そう言う田畑智子さん演じる主婦の誰にも言えない闇が響く。


永山絢斗くん演じる青年は、良くないことと頭で分かっていても

身体が気持ち良さから抜けられない。


彼の同級生で団地暮らしの青年は、ダメな親のせいで

アルツハイマーの祖母をひとりで世話しながら

生活苦を誰にも言えずに、今の生活から逃げられない。


ある人は、誰かを羨み、嫉妬し、攻撃する。


ある人は、追い詰められて、その状況から逃げることも出来ず

うずくまって目を背ける。


そんな人々の出来事を、整理せずに、バラバラのまま

あえてきっと押し込んだようにも見えるタナダユキ監督の

感覚を大切にした観客に感じてもらえばいい、みたいな映画に

どっぷりと見事なくらいにハマった予感がする。


ある人が言う。

「馬鹿な恋愛したことないヤツなんてこの世にいるのかね?」


ある人が言う。

「普段はとんでもないヤツだから、それ以外のところで

とんでもなくイイヤツにならなきゃいけない」


ふがいない自分のどこかに、せめていいことを探して生きてく。


そうやってマイナス、プラスで生きていく、って簡単に

説明出来ることじゃないよ、とこの映画はそのまま伝えてくる。