連休が明けて最初の日。











今日はuniさん、幼稚園をお休みして川崎病の定期検診へ行ってきました

お馴染みの、大きな公立病院です。
たしか前回はものすごーく大泣きだったuniさん…今回は大丈夫かなーと少々不安を感じつつ、受診してきました。
最初の身体測定は、なんとか泣かずに
ちなみに
身長85.2センチ
体重11.9キロ でした。
診察、聴診、触診も泣かずに終了。
お部屋を暗くしての心エコーは、ちょっと泣きそうになったけど、研修医の先生がすかさずアンパンマンのお人形たちをいっぱい周りに並べてくれて、そのまま持ちこたえて安静キープで済ませられました
生理検査室へ移動しての心電図。
全然痛くない検査とは言え、心エコーに比べるとちょっと時間がかかるので、こちらも心配でした。
40分近く、ながーい待ち時間もこちょこちょお喋りしながらご機嫌で待って、やっと呼ばれた検査も、まーったく泣かないで終了。
「痛くない検査だよ」
「ぽんぽんに(正確には胸部ですが)シールをぺったんぺったんって貼るんだよ」
と、何度も言って聞かせたのが良かったようです
小児科外来、検査室待ち合いで、それぞれ長く待ちましたが、暴れたり騒いだりせず、絵本を読んだり窓から車を見たり、おもちゃで遊んだりして静かに待つことができたuniさん。
成長を感じました
次の検診は、また一年後です。
「川崎病は、最初の1ヶ月で後遺症が出なければ、そのあと何か心臓に症状が出てくることはほとんど無いのですが、それでもやっぱり心臓に関わる病気なので、中学生くらいまでは経過を診ていきます。」
「でも、だんだん検診の間隔は開いていきますね。」
という説明が先生からはありました。
日頃は忘れてしまいがちだけど、健康に過ごしていられるということは本当に有難いことだと受診のたびに改めて感じます。
今日の小児科外来の待ち合いでは、同じくらいの年齢の…たぶん、幼稚園の年長さんか小学1年生くらいに見える男の子たちが4人、キッズスペースで固まって遊んでいました。
お母さんたちも顔見知りのようで、キッズスペースのすぐ隣の長椅子に座って、子どもを見ながらお喋りされていました。
男の子たちはみんな、坊主頭が少し伸びたような髪型で、ぽやぽやと柔らかい髪の毛の間から地肌が透けて少し見えるような感じで、あぁ、きっとお薬で脱毛して、生え揃ってきているんだなぁと一見してすぐに分かりました。
私とuniさんは、診察室や検査室などあちこち動き回っていたのですが、ずっと小児科外来で待っていた母は、その中のお母さんの一人とお話ししたそうです。
ずっと風邪だと思っていて、でもなかなか治らずにあちこちの病院を回ったこと。
何軒も病院を変えて、最後に大学病院を受診して白血病だと分かったこと。
どうか診断が間違いであってほしいとずっと祈っていたこと。
何とか今は元気になって、退院して家で過ごせるようになったことなど、いろいろ話してくださったそうです。
病院からの帰り道、母からそんな話を聞きながら、自分が看護学生だったときに小児看護実習で2週間受け持たせていただいた男の子のことを思い出しました。
たしかその男の子は当時3歳で、視神経の腫瘍を患っていました。
片目は既に摘出していて義眼を入れていて、もう片方もいずれ近いうちに摘出することになっていました。
抗がん剤も使って、一度は脱毛していて、たしか私が実習させていただいたときは、髪が生えてきていた時期だったような。。。
髪が抜けていくこと、3歳の子どもはどう受け止めていたのかなぁと付き添いをされていたおじいちゃんにお聞きすると、やっぱり枕にびっしり付いた髪の毛をすごく嫌がって泣いていたとおっしゃっていました。
そのご家族は、病院での付き添いのためにご両親とおじいちゃんおばあちゃんがタッグを組んで、だいたい1週間ずつ交代で病室に泊まり込んでいました。
ご両親は共働きでしたが、職場の理解と励ましがあって、看護休暇を活用して長期のお休みを確保されていたそうです。
ぴよぴよの学生だった私は、家族や職場の理解があっていいなぁ、くらいにしか受け止めていなかったのですが…
今、大人になりそして親になって振り返ってみると、そんな生易しい闘病生活ではなかったはずだと思います。
きっとご両親は、仕事も何もかもなげうって子どもと一緒に過ごしたかっただろうなぁ。
でも、治療や入院生活を経済的に支え、そしてこれからの生活も支えていくためには仕事を辞めるという選択も難しかったでしょう。
子どもをおじいちゃんおばあちゃんに託してまた仕事や家での生活に戻っていくとき、ご両親は一体どんな気持ちだったんだろう。
いずれ視力の全てを失う病気だと分かったとき、どんな気持ちだったんだろう。
毎日お父さんやお母さんに会えず、あの男の子は病室でどんな気持ちだったんだろう。
髪の毛が抜けていくとき、薬の副作用でご飯が食べられないとき、あの子はどんな気持ちで泣いたんだろう。
今日、外来で母と話したお母さんは、笑顔で当時のことを話してくださったそうですが、病気が分かったときも、そして今でもつらい気持ちを抱えていらっしゃるのかもしれません。
鼻をほじりながらゲラゲラ笑って、お菓子を食べ散らかしているuniさんを、なんだかぎゅっと抱き締めたくなるような、そんな気持ちになりました。
私が学生のときに出会ったあの男の子も、きっと20歳を過ぎている年齢だと思います。
今、どうしているかなんて知ることもできないし、例え街ですれ違ったとしても分からないけど。。。
でも、どうか元気に幸せに暮らしていてほしいと、ただ願うことしかできませんが、強く強くそう思います。