「どうしてこんなに生きづらいんだろう?」
—今日も孤高は、心の中で叫んだ。
世の中は、「普通」の人間を必要としてくる。
自分みたいな、個性が強い変わり者には、
中々、生きづらい社会だ。
「普通」の人間として、「普通」に、
平凡に生きる。
産まれて来て、産声を上げ、
幼稚園に通い、学校教育を受け、
就職し定年まで働く。
これが、世の中の「常識」何だろう。
だけど、私、孤高は小さな頃から、
違和感を感じていた。
「どうして皆、勉強をするの?」
「どうして同じ時間に同じ事をするの?」
「どうして学校に通わないと行けないの?」
小学校1年生にして感じたこの違和感。
「何故、勉強が大切か?」
「どうして同じ事をしないといけないのか?」
「どうして学校に通わないと行けないのか?」
—大人は、先生は、そんな事教えるはずも無い。
「勉強は、大切だから」
「やらないと行けないのよ」
—だから何で。
小学校1年生の自分にとって、
勉強をする大切さは理解が出来なかった。
ただ、退屈な授業を、椅子に座り、
先生が黒板に書いた物を、ノートに写す。
一方的な拷問のように感じた。
そして、1年生の、何月かは覚えていないが、
今でも忘れない出来事がある。
それは、計算力テストでの事だ。
私、孤高は、テストに取り組んでいた。
自分の採点ではバッチリ100点。
だけど、テスト中に担任の先生が声をかけてきた。
「本当にそれで良いのかな?」と。
間違ってるのかな?と思い、
だから、答えを変えたんだ。
—テスト用紙は返ってきた。
点数は98点。
あの元々の答えは当たっていて、
本当は100点だった。
この瞬間、孤高は絶望し、
大人を信用しなくなった。
そして、勉強をするのもバカらしくなり、
どんどん成績を落としていくのだった。
—私、孤高は、そろそろ23歳になるが、
生きづらさを感じている。
そしてその生きづらさは理解されない。
「努力すれば何とかなる」
「皆、そうだよ」
「私だって大変」
—比べられたって困る。
「自分は、生きてるだけで地獄何だから」
言葉にしても相手には伝わらない。
結局、実際に私、孤高の仕事の様子等を、
見ていなければ、
見た目からしたら普通の人間に見えるだろう。
普通の人間として見られ、
普通を求められる。
「何事も上手くいかない」
「とにかくとろい」
「覚えが悪い」
「すぐ忘れる」
手先が、異常と言える程不器用過ぎる。
「努力しろよ」
「甘えてんな」
いや、これでも全力で一生懸命、
取り組んでいるんです。
「でも、結果が大事ですよね」
そりゃお金が発生する以上、
求められるパフォーマンスを、
提供しないといけない。
自分のとろさに相手がイライラする。
周りと比べられる。
怒鳴られる。
否定。
そんな事も出来ないのか。
あー。死んでしまいたい。
誰も自分を肯定せず、
否定ばかりしてくる。
そんな世界だったら生きていたく無い。
自分は、何で生きてるんだろう?
どうしてこんなに役立たず何だろう?
—どうすれば普通になれるんだろう。
普通になりたかった。
普通に物事をこなし、
普通に仕事をこなし、
定年まで働いて、
平凡かも知れないけど、
それに何も違和感を持たずに、
生きていけるそんな人間。
孤高は、圧倒的な「個性」を手に入れたが、
その反面として、
社会に上手く適合出来ずにいる。
「個性」を上手く活かせば、
表現等の部分で輝くかも知れない。
だけど、これが悪い方向に働けば、
その「個性」は、凶器となり、
犯罪を犯す可能性もある。
物凄い物事を達成するか、
犯罪者になるか、
さて、孤高の人生はどうなるのだろうか?
あー。生きづらいね。