数々の書籍が世に出回っている昨今。ジャンルも当然恋愛、サスペンス、SFや男女の契り、戦記など数えればきりがないほどありますが…しかし、そう…厠が主題になることはまず無いですね。
人間、糞尿を垂れる訳でしてそれも死ぬまで続く非常に大切なものです。にも関わらず表に出ることなく、下ネタ的な立場に追いやられていました。
そうそう、日本が現在の様に水洗便所が発達したのは何を隠そう明治維新以降なのです。しかも、本当に身近になったのは80年代後半以降ではないでしょうか?小生も、祖母の家に遊びに行った際(福島)、初めてみたブラックホールを興味本位に覗き込んで、眼と鼻をやられた記憶があります。思えば農家の人が汲み取りに来ていたなぁ…
では、本題は海軍ではどうなったのでしょうか?
海軍では、軍艦長門から西洋式トイレが装備されました。それまでは、トイレと言えば屈みこんで糞尿を垂れるというのがトレンドでオシャレでありました。それに慣れ親しんだ日本国民が、よもや西洋式便器がズラリと並んでいる上、敷居が無い状態に面を食らったのは想像に難くないですねぇ。きっと、「さぁ、したまえ。」と促されたんでしょうけど…「なんじゃこりゃ!」ってなったのは言うまでもないですね。
まぁ、皆さんう●こができずに便秘な人が多く輩出したそうなので近代改装で和式にしたそうです。もちろん、敷居付。糞尿ができないとなれば真剣に士気にかかわるのは間違いないですね。食事が不味いよりも精神的ダメージは大きそうです。
まぁ、衛生学的にも海軍は水洗便所を励行していたようです。
特に最前線ですらそうだったようです。前線基地であったバラレやラエでも水洗便所が設置されていたようです。その理由が、ハエ問題。これは、伝染病を予防するという側面があったようです。対策としては、発砲したらば直ちに地中に埋めるという方法が主流でしたが、次第に水洗便所にとって代わりました。当時の資材不足での水洗トイレというのは、実は木組みであったそうです。平たい木の板でできている床に一つポカリと空いた穴。そう、それが爆弾投下ポイントというわけだったんですね。ちなみに穴の先は川。そう、大自然を利用した水洗トイレだったんですね。
野鳥のさえずりや川の水音を堪能しつつの爆撃は大層気持ちよかったんでしょうねぇ。しかし、それも戦局が良かった時だけ。連日の消耗戦で基地にボカボカ爆弾を投下され疲弊しきった将兵達は、それでもB公の爆音や機銃掃討をBGMにしつつ、悠然とプリッと爆撃に励んだと言います。相当、肝っ玉が座っていたと言えるエピソードでしょうねぇ。
今日の一枚(photo by E-P3 and Jupiter 8)
