こんにちは照れ

 

近況にたくさん変化があり、どこから書いてよいか考えているうちに、書かないままになってしまいました。

 

でも、今猛烈に書きたいことがあるので、近況をすっ飛ばして書いてしまいます。

 

 

最近思っているのは、子育てにはお金がかかる!ということです。

 

そんなことわかってるよ、、、と思いますが、私が言いたいのは習い事や私立の学校やおもちゃ、教具ということではないんです。

 

私は、子どもが今これをやってみたい!と思っていることは極力やらせてあげたいと思っています。もちろんできない時もよくあるけど笑い泣き


今は何でも自分でやりたがる時期なので、ついつい手を出してしまった時には泣きわめき、元に戻して(私が冷蔵庫を閉めてしまったら、もう一度開けてまた閉めるとか、自分でズボンを脱ぎたかったのに私が片足脱がせてしまったら、もう一度履いてまた脱ぐとか)自分でやります爆弾

 

 

 

でもね、(→以下は私の心の声)

 

〇水をずっと流して手でばちゃばちゃしたい、水の流れる感じを味わいたい。

→水がもったいない!水道代!世の中には水汲みが子どもの仕事の国だってあるんだぞ!

 

〇シンクのお皿を洗いたい。

→皿やコップを落として割ったこと何度かあり!危ない!もったいない!

 

〇コップに麦茶を自分でつぎたい。

→こぼれる、ふく、の繰り返し!(今はあまりこぼさずにつげるようになってきたけど)

 

〇長靴をはいて、水たまりを駆け回りたい。長靴はいてるのに靴下が濡れるレベルで駆け回る。ズボンも服も汚れる。

→これから出かけるのにやめて~!また着替えて出直し~!また洗濯~!

 

などなど。挙げればたくさんありますが、

 

これらには、水道代、食器代、こぼれた物をふくぞうきんと消毒用ウェットティッシュ、洗濯代とかかるわけで。

 

 

 

一つ一つの金額は大したことないし、汚れるのもこぼすのも成長の大事なステップだと思います。

 

でもでも、こういうステップを経験してもらうにも、やはりお金がかかるのねーーーーー!札束ってことを私は自分が子どもをもつまで知りませんでした。

 

私立の学校、習い事、だけではない。

 

子どもの日々の生活の中から得られる、さまざまな経験(その多くが実験や失敗)のために払うお金も必要で。


これは経済的余裕(というか、そこにお金をかけても良いという心の余裕)がないとできないなと思ったのでした。これって世の中ではあまり注目されてなくないですか…?

 

 

 


いや、むしろ習い事や知育おもちゃより、こっちにかけるお金を優先させた方が良いのか…?

これが家庭の教育力、家庭での経験の差となるのかしら。


まあ、片付ける私の労力やイライラも付いてくるから、お金だけの問題ではないんだけども。

 

 

ということで、最近思っていた子育てにはお金がかかる!について、書いてみました。読んでくださり、ありがとうございました。