今年も今日で終わり。
今年は、集合意識の変化を感じる1年でした。
何年か前は
スピリチュアルな意識に対して
私にとって当たり前の様に語られる事などなくて
どこかひっそり?というか
限られた範囲内で語らているという感覚でした。
藤井風さんの
「誰もが1人であり、全ては1つである」
という趣旨の歌を自然に
かつダイレクトに歌い
世界中でブレイクしているなんて
本当に時代は変わったのだと
つくづく思いました。
物心ついた時から
人の顔色をうかがう癖があります。
この癖がある事で「気がきく人」と
言われて重宝される事もありましたが、
私自身は、いつも恐くて、不安で
心が休まる時がありませんでした。
これを解消しようとして
試した色々なアイテムやら
手法やらは数知れず…。
色々な方にお世話になりました。
最近、気づいたことがありました。
この顔色や気配をうかがう
ある種の敏感さは
本来は自らの内側へ使うものではないのか?
と…。
外からの攻撃?に備えて
自らを守ろうと
意識を外側ばかりに向けていては
内側はカラカラに乾いてしまう。
そんな感じがするのです。
内側が枯渇してしまうから
外側へ必要以上に求めてしまう悪循環。
いつまでも満たされない。
敏感さ、顔色をうかがい
気がつく事が必要なのは自らの心。
内側を見て、聴いて、感じて
そして、慈愛を注ぐ。
自らを労るとはどういう事なのか
ずっとわからなかったけど
これが自愛というものかと
思うのです。