認知症 | urumeのブログ

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こんにちは、只今私は病院で母親の付き添いです
一昨日、救急搬送で運ばれた時は反応が薄かったのですがだんだんと目があき喋り始め、食事も昼ごはんから始まりましたでもでもの世界に入ってます認知度が非常におかしいですいわゆる認知症ですね、年齢なんと69歳でかなりいってますぅ
まぁ、車椅子の生活も10年以上、背骨のオペは三回、ずーっと痛みとの闘いです…15年以上痛みと彼女は向き合って生きてきています彼女は痛いのに連れ添いは心配してくれないとか、解ってもらえないとかずーっと父親の悪口を言い続けてます確かにとんでもなく気性の激しい人でこれまた酒が入って私も幼い頃から何度ケンカの仲裁に入って痛いめにあったことか…妹は投げつけられた皿で脚がパックリと切れ何針か縫う傷を負った事もありました…
そんな父親ですからねー、母親が「おじいさんは嫌いだ。憎らしい、私がこんな身体になったのは全ておじいさんのせいだ!許せない、あの時出てけば良かった。あんたたちが(私、妹さん)がいるから別れられなかった。あー、悔しい。」とずーっと動けない身体でベッドで言っています今日は私と一対一の母親、昨日は「おじいさんが今すぐ死ねって言った、悔しい、許せない。」と泣き叫んでましたが今日は取り乱す様子は少ない分思い切り認知症が顔を出してます点滴の管丸めちゃったり、ある事無い事訳わからない事言ってます、でも時々笑顔もでます69歳なのに身体も頭の中も100歳以上なのかもしれませんねただ子供みたいに時々見せる笑顔と無邪気に生あくびを繰り返す姿が愛おしい感じです

母親が父親を憎い、恨んでると思い続けるかぎり彼女の身体に走る痛みは消えていく事はないのでしょうね、憎しみや恨む心は自分を痛めつけるだけですもの
自分の人生は自分が主役であり監督でありシナリオライターでもあるんです
他人がどうのこうのしたのではなく良きも悪しも自分が作りあげ、そして道を決めてさらに自分がその道を自分で歩くのですだから人生を楽しい物にするのか辛い物にするのかは自分の物の捉え方だと母親見てつくづく思います彼女は憎しみ、恨みの塊となり生きながらえているため、現世に彷徨い続ける悪しき物が彼女の気持ちに波長に合わせ彼女に入り込み更に彼女の心と身体をむしばみ出し痛みを激しいものにし、彼女が苦しむ世界を作りだします憎しみ、恨みの心を捨て感謝の気持ちを持ち、また日一日一日を生き抜いた自分をほめてあげられる様に考え方を変えるだけで人生は変わっていくはずなのです今少しずつ私は変わろうとしています
母親を見て、教えられてまーす

長々とおばさんの独り言でした
最後まで読んでくれてありがとう、貴方の人生が楽しい物でありますように!

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