今朝は目覚めた時から頭痛…

でも家事は誰もやってはくれない、洗濯機回して、朝食の仕度して何でもない顔して、自分も朝ごはん食べた…その後、痛み止めを飲んだ記憶が一瞬にわからなくなってしまった

三十分くらいしたら座骨神経痛の痛みがなくなったから飲んだのだろうと判断した

雨が止んだのでバスルームに干した洗濯物をベランダへ移動、娘さん助けてくれる

実は昨夜2時半に帰宅した旦那さんは7時まで飲み続けてダイニングの椅子で居眠りを始めるが起こすと「俺は働いてる!文句あるかー!」と怒鳴られるのが怖く、娘さんも私も倒れそうになっても声をかけなかった…しばらくすると寝室へ行ってくれてホッとする
雨が止んでいるうちに私の散歩20分に出かけるがまたすぐ雨が振りだすが出かけたからにはという事で歩き通し帰宅する
またベランダからバスルームに洗濯物の移動を
遊びに出かける娘さんを駅まで、雨が降っていたので送ってあげた

そしたら今度こそ
になりまたまたバスルームからベランダへ洗濯物の移動を
雑巾掛けもすんでいたのでいを決して愛犬塁ちゃんをシャワる
綺麗になりさっぱり、私はぐったり…ソファーで休もうとしたら旦那さんが起きてきてしまう
そこからです、今回の私の入院を機に旦那さんの保険を見直そうと調べたり保険会社に電話をし始めたら、旦那さんイライラし始め、「本人確認とか必要だから…」と話しかけたわたしに「俺は働いてる!家にいるんならそれくらいやってもいいだろーっ!」
と怒鳴られる
泣きたかったが我慢した、泣くとまた怒鳴られる
怖かった…働かないのではなくまだ日常生活も家事も精一杯なんだけど…と心の中で呟いた、私

退院した翌日にも何時から働きに行く?って言われたのも思い出した…
働かない私は休む権利もなければ泣く権利さえ旦那さんは与えないように思えた

私が保険会社と電話対応しているとお酒を飲みだす…更に私は悲しくなっていったが我慢したよ

死にたい気持ちにもなってきて自分が生きている事が邪魔らしく感じたけど「ごめんなさい。」を言い続けた…
なんなんだろう、お金足りなくなっのは悲しいけど自分勝手に大型免許とりにいき、ハーレー買ったり、何かとローンを組んでしまう旦那さんのせいなのです
あげけのはて55歳という年齢で上司と喧嘩して昨年一月に仕事辞めてしまったせいである…座骨神経痛を患って耐え難い痛みを痛み止めでごまかしながら約そこから10ヶ月保育士として勤務し続けとうとう最期は辛くてリストカット…最期二ヶ月で4kgも体重が減少し、家族の食事の仕度をするこっがやっとで仕事後感覚のない痺れた足で頑張ってキッチンに立ちました…
旦那さんは丁度その月に正社員のトラック運転手の仕事が決まり、ある意味私はホッとしたのもあったためかODをし、リストカット…
翌日は自分一人でどこをどう歩いたのか記憶もありませんが妹に紹介されたメンクリへ行ってました

強度の鬱状態と診断される

これが昨年12月半ばの事、今までの間に旦那さんか付添い話しをきいてドクターと私と向きあってくれたのは一度だけ…

そして2/7には滑膜膿腫のオペ、入院するのに大きな荷物を持ち電車とバスで約2時間かけて一人で病院にいきました

退院した時は父親が来てくれましたが重い荷物は自分で持ち駐車場までいきました

帰宅後すぐから掃除をしたり洗濯物を干したり…そしたら翌日何時から働ける?と言われる始末

悲しかったが我慢しました

骨も削り細くなってしまっているので気をつけてとナース、ドクターに言われ退院してきたのにね

この頃また風あたりが悪くて旦那さんからの心ない言葉が飛んでくるようになりました

キッチンに立ちながら包丁で自分を刺したくなりました
旦那さんにお金さえ残せばいいのかなーってふと思ってしまいます
命をお金に変えるしか方法が浮かばなくなっている鬱状態のこの回路、許せない…自分が生きている事が許せない…

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