satonaka☆音の見聞録

satonaka☆音の見聞録

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ベートーヴェンは筆者にとって本来モストフェイバリットな作曲家なのだが、毎年こうして暮れになると此れみよがしに何処からともなく流れてくる定番曲は、消化不良で胃袋に停滞した残留物の如く、どうも受け入れがたいものがある。

年末に決まって演奏されるようになった経緯の諸説は、今ではご存知のかたも多いとは思うが、この名曲、時期を定められず聴きたいときに聴きたいものだ。

 

まぁそんな前置きはともかく、…であれば個人各々その定番を決めれば良い★

このフレーズを唱えたのは正確にはわからないが、やはり木暮“shake”武彦なのだろうか。。

 

今年も第九の代わりにAtom Heart Mother

 


彼の率いるレッドウォリアーズは現在も活動が続いているらしく、昨年は40周年を迎えたそうである。

筆者はこれを聴かずに通り過ぎたが、初期のレベッカは今でも印象に深く、ウェラムボートクラブはよく聴いたものだ。

 

その木暮さんがリーダーとなって立ち上げたのが、ピンクフロイドのトリビュートユニット

原始神母である。

代表曲の一つをもじっているのは誰の目にも明らかだが、それを第九の代わりに生演奏で聴く👂…もちろん❗️アリだ。


…という訳で劇場へ足を運びました👣



開演後は撮影禁止なので、その前にステージの様子を最上階うしろから3列目より📸。

このEXシアターは全てが特等席という前評判をメンバーの一人から聞いており、けれど話を盛ってるのは否めずこれだけ離れていると少しでも近いほうが良い、やはりオペラグラス持参で正解だったと考えてしまう。

それでも他の会場に比べ、その距離があまり気にならなかったから、先述の前評判もあながち間違いではないのであろう。



今年は Wish You Were Here(邦題『炎〜あなたがここにいてほしい』) がリリースされて半世紀の節目となっており、各国でもトリビュートバンドがツアーを行っていたそうで、

日本ではこの原始神母がほぼ一年かけて大々的なツアーを組んでいた。この日はそのファイナルである。


このコンサート🎶 柱の一つは、始めたのは4年前からと小暮さんの言う、Atom Heart Mother(邦題『原子心母』)を第九に代わって演りましょう❗️が、この節目の年まで続いた事で、

もう一つはもちろん、その節目となるアルバムの全曲再現である🔥


そのAtom Heart Mother はアンコールにてフィナーレとなるのだが、本編終わっても使用されずにポッカリ空いたスペースはオーケストラと合唱団の為のものであるのは明らかで、再登場を促す手拍子が当然の如く鳴り響く中、その約束の大作の前、同アルバムB面に収録のサマー68も演奏され、もはやこれは第3部である★

この二本柱の他にも新旧織り交ぜフロイド狂泣かせの様々な楽曲が披露され、個人的に特筆したいのはシド・バレットが書いたデビュー曲のアーノルドレインである。

そして終演後の時計を見れば正味3時間… 年の締めに相応しい一大コンサートあった🎶





ところでこの原始神母、筆者はかなり以前からYouTubeで見つけて存じており、たまに視聴のみだったのだが、ちょうど昨年の1月、前出の参加メンバー一人と出会い、接点が始まった。

そのメンバーの名は、扇田裕太郎。


馴染みの女性シンガーソングライターが出るブッキングライブに行った際、共演者かつ彼女とのミュージシャン仲間であった。

その裕太郎さんの出番でなんと❗️Wish You Were Here を弾き語り始め、

この曲には観客にも約束事があるのを近年に知り得ていた筆者は、かつて中学生の頃に暗記していた歌詞を記憶の限り引っ張り出し、2/3位しか思い出せない虫喰い状態ながら、声いっぱい口ずさんだのであった。

(尤も周囲のガヤにかき消されて奏者に声は届いていないであろうが)


2人とも出番を終えたあと3人での雑談は弾む。互いにフロイド狂であったのだから当然であろう。

そこで次の瞬間渡されたフライヤーは、春に控えた野音での2日間にわたるコンサート。

しかしこの時は全編フロイドのトリビュートではなく、裕太郎さんも担当がベースであり…まぁリーダーの木暮さんが弾くのだから🎸それはしかたないであろう。そんなこんな、この時は触手が動かなかったのだが、


今回は裕太郎さんも一部の曲目でギター弾くと聞かされ、ならば❗️という次第である。

そして Wish You Were Here 全曲再現のシーンに移ると、彼はそれまでのベースをギターに持ち替え、特に狂ったダイアモンドではその勇姿にひたすら視線を奪われたのだ。

そんな扇田裕太郎さん、普段のソロ活動ではこの様な曲を歌っており、個人的に好きなの一つ貼り付けておきます。


そしてこの原始神母を立ち上げた、木暮“shake”武彦。

先述のとおり初期レベッカのイメージを一番強く持っている筆者にとって、まさかこの21世紀が1/4も過ぎて年も召した今になり、目の当たりにできるとは思いもしなかった。

最後にそのエレアコ弾く姿が印象的な若き日のライブ番組を貼り付けます。



2026年も既にあけました。

皆さまも素敵な一年をお過ごし下さい⭐︎



もう数日立ちました。監督の訃報を聞いて

 

 

 

 

個人的にモストフェイバリットな映画監督でしたが、特に驚きも悲しみもありません。この日が来たんだなぁ…そのくらいにしか。。

そうやって輝かしいクリエイターが一人また一人と旅立っていくのだ。世代交代を象徴するかの如く、、

 

約30年前、このリンチ監督はロストハイウェイと言う最高傑作を見い出しているが、これを観たときの筆者の見解は、いつ自殺してもおかしくない。そういうものだった・・

というのも監督はかつての画家時代、師匠としていたフランシス・ベーコンの作品に描かれる、物の存在そのものの疑問符にメスを斬り込んだイデオロギーが映像として具現化されていたからである。

それは謂わば、監督自身の人生の到達点にも見えたのだ。

 

けれどそのあと、監督は肩の力を抜くかのようにストレイトストーリーを制作する。

そして今世紀になると、マルホランドドライブやインランドエンパイアなど、確立した自身の世界観に裾野を広げるが如く映画制作を継続し、8年ほど前には、90年代初頭の大ヒットシリーズであるツインピークスにて事件とは別の現象が起きたまま結末に至ったのを、新たなシーズンとして再リリースした。

このように自身、生涯現役を宣言していた。

 

 

そもそも筆者がリンチ監督の映画に出会ったのは、高校1年の時。

エレファント・マンのヒットからデビュー作のイレイザーヘッドも公開され、これを観て大きな衝撃を受けた。

当時シュルレアレスムに傾倒していた筆者にとって、その観点からも飛び抜けた発想力である事はもちろん、救いのない話が耽美的な映像で彩られるその絶望的表現に、一気に闇の底へと突き落とされたような感覚に陥った。

そしてこれが筆者に視覚的イメージを表現する世界へと進ませる極めて大きな要因となった。

 

尚この映画は、前出したベーコンの作風からも、ビジュアル的に共通点が見られ、

これが監督にとっての出発点であるとしたら、ロストハイウェイは明らかに終着駅である。

 

さて高校1,2年の頃は8ミリ映画を撮っていた筆者が3年に上がって美大受験生と転換したその夏、ベーコンの絵画に出会ったのはそんな時であった。

その頃まだ両者の関連性など全く知らず、東京国立近代美術館での大回顧展を見て、自分の進む道にハラを決めて受験に挑むのであった。

そして美大への進路が決まって間もない或る日、この両者がかつて師弟関係であったことを知る。

このとき筆者は、この道を選んだのが謂わば必然的だったと悟るのだ。

 

筆者が指標としていた偉大な芸術家とクリエーター…

ベーコン氏は既に数十年前に亡くなっていますが、存命だったリンチ監督もついに旅立ちました。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

 

 

◇2024.10.12 @u-ma kagurazaka

 

・・菜摘美・・(再び)

 

 

あれからエレキでの弾き語りは、頻度は高くないものの続けていた。始めてもう半年以上経っているだろう…

筆者も毎回ではないが可能な範囲で何度か足を運んだ。促した筆頭者としては行かんと!ともなるが、その弾く姿を見たい👀聴きたい👂が一番でもある★^^

 

そして遂に常連のハコでの定期的ミニワンマンにて、次は弾きます!と声明を発した。『Special Edition』を銘打って・・

そうなればもちろん!行かない手はない☆

チャリという足を失い遅くまで東京に居られない状況ではあったが、DMで陸の孤島である在住場所の治安悪い事情を伝えて終演どきを確認し、直前滑り込みとなったものの、無事にライヴを堪能できるはこびとなった。

 

会場は客席10数名ほどの小ぢんまりとした空間で、ステージ側ピアノの奥にはバーカウンターがある、元々酒飲むお店をライヴ仕様に配置換えした様にも見え、そこでマスターが一人切り盛りしている。

開演前に奏者と会話できる距離感は、小さなスペースならではだ。…抱えたレスポールが譜面台の死角にならないであろう上手の前列に席を陣取ると、目の前に配信用のスマホ立てが置かれてしまったが、それに泣きの一言入れると彼女直々、テーブルや椅子の位置を被らないようにズラしてくれた。

 

なのでご覧のように演奏中のレスポールがよく見える👀…そして至近距離なので細かい指の動きまで。。

 

前回も記したが、まだ川崎の隣町に住んでいた頃そこで弾いていたアコギは、弾き語りのそれでなくギタリストの奏法に近かった。…そもそも気になった最初のキッカケである。

ただコード進行でリズムを刻む訳でなく、時折指弾きで複雑なフレーズを奏でながら、少しプログレっぽくもあった、それでよく同時に歌えるもんだぁ!(◎_◎;)と。。

 

この日はストラトとのツインギターで、半世紀前の謂わばロックの基本形である。

曲目はカヴァーも交え、クイーンのWe will ROCK YOU!! やイーグルスのホテルカリフォルニアも演奏した♬☆

このストラトとの掛け合いで彼女のレスポールは精彩を増し、この熱狂の瞬間に筆者はただただ目を凝らして聴きいるのみである。

 

2ステージ目に入る前の幕間にて、サポートの梶田さんにも声かける。

今どきのロックギタリストは昔の定番だったストラトすら滅多に弾かなくなり、弾くとしてもアームを外しているのが殆ど。それでも彼はアームを付けたままのことにポリシーを持っていた。

なんでもギタリスト歴はその時代から数十年に渡るらしく、菜摘美さんとは活動初期にバンド編成で一緒にやっていたらしい。

 

その菜摘美さんも曲の間奏ではソロ弾きでギタリストぶりを発揮✨特にホテルカリフォルニアのカヴァーではその絶妙さを発揮した。梶田さんの話によると難易度は相当高いらしく、二人ともこの日の為にかなり練習したのであろう。

以前からのアコギの時からそうだったが彼女の弦捌きは時として見る者を驚愕させるところがあり、エレキにもかかわらずピックも使わず平気でいきなり五本の指を6弦上に這わせ始める。

そして前記のソロ弾きはまさにロックギタリストのそれであり、聞けばこれが自分のルーツであるとの事であった。

レスポールはソロ活動始める前のONEというバンドで弾いてたのも知っており、それでもう一度弾きなよ!と促した張本人である訳だから、その答えも察っしてはいたが改めて本人の口から聞くと、やはり素晴らしいギタリストと感じるのである。

 

最後に、いつだかのフリーライブの時に好きなレスポールのギタリストはいるか?と聞くと、特にいないらしく、この機種の音質に魅入られて弾き始めたそうだ、これしかない!と・・

そんな話を聞くと、彼女はまさに素晴らしいレスポールの女性ギタリストである✨✨

 

 

2023. 5. 20 横田基地

・・諷花&SATORU @朱雀・・ 



もう一年近く前の話になる。

当初は諦めていた。このころ脊柱管狭窄症を患っており、歩くのも侭ならなかった。

だが十年来の付き合いとなる主治医の手厚い診療の末、少しづつ歩けるようになり、このライブを半月後に控えた或る日、近くに住む目上の友人に散歩を促され長時間🚶…なんだ歩けるぞ!

片手杖ではあるものの足を伸ばすことに決めた。


ここは横田基地✈️

日米親善航空祭が開催され、これまで秋だったのが前年から春に移行された。


その前年はバイデン来訪の煽り受けた厳戒態勢により、入場の検査も厳重になり、来場者の列がいつまで経っても流れない、並んでから4時間以上待たされ、入れたのは結局ライブ演奏が終わってからだった。

それもあって早朝に家を出た甲斐あり、この日は演奏時間に間に合った★


来てみれば、前年は一時離脱してた諷花が戻ってるぞ!👀性懲りもなく使いこなしてもいないレスポールかかえて(゚ω゚)…

片やSATORUの演奏は、アクションこそ歯弾きやらリフティングやら性懲りもなくアホなこと繰り返してるが、サウンドの響きは素晴らしい☆

初めて千葉のハコで聴いた頃とは雲泥の差となるほど円熟の域に入っている。


そんな、ふたり対照的なレスポール★


そしていちばん性懲りもないのは、そんなレスポールの女性ギタリストたちを追っている筆者ではなかろうか?

それはさておき、

今年に入って彼女らのライブはめっきり行けてなく、来週も昨年に続いて航空祭でのライブがあるのだが、仕事が入って行けなくなってしもた😭


その横田基地では、5月18・19に日米親善航空祭が開催され、朱雀は18日(土)に出演します。





 2024.3.10  東京音実劇場


・・菜摘美・・



彼女のハコライヴはこの日が初めてだが、そのかなり前から面識はあった。始まりはK市のストリート音楽にて…そのころから手にしてたのはアコギであった。弾き語りのシンガーソングライターとして活動してた訳だから、当然であろう。


しかしそのギター演奏は他の弾き語りとはかなり違うぞ!、そんな独特のものであった。メロディに沿ってコード進行する単純なものでなく、少し偏った、謂わばプログレ的な響きも含んでおり、

こりゃ弾き語りのギター演奏じゃないぞ!みたいな・・

なのでこの頃は彼女がステージ立つとき耳傾けるのは歌のほうではなく、ひたすらギターの指さばき。。

ストリートで聴いてるころは歌がどんなメロディか覚えてないくらい弦の弾ける音にしか注意を向けてなかった。


筆者がK市から遠くへ転居したあと、ある遠出の演奏会のあと同じ方面なので立ち寄った、他の顔見知りミュージシャンとの合同公認路上🎵にて、ようやく初めて音源購入する事になり、その頃も再生機にかけるも飽くまでギター演奏にばかり注意を向けていたが、

その少しあとコロナ禍の到来となり、同じ2名での配信ライブを行うようになると、歌の部分もじっくり聴くようになり、決してすぐ記憶に残るメロディセンスというものではないが、

歌として聴いても悪くはない☆そしてだんだん曲とタイトルが一致するようになってきた。


だが後から聞くに、やはりミュージシャンとしての始まりは弾き語りでなく、ギタリストだったらしい。

歌うようになってからレアな音源になってしまったというバンド時代のもの…弟さんもメンバーの一人だったのだが、それもまだ物販で扱っており、それを知るやスグに手を伸ばす事となった★


更に聞くに、そのギタリスト時代に弾いてた機種がなんと!レスポールだったのだ( ゚д゚)

それから彼女はYouTubeでギター教室配信

始め、だが使ってるのは飽くまでアコギ、ほぼ毎週日曜の昼前だったが、その告知定時にしっかり始まらずタイミングが合わなかったのもあり、なかなか視聴はできなかった。


けれども最近になって配信枠を火曜の夜に移行し、それでも定時どおりにはじまらないものの、だんだん視聴のタイミングが合うようになり、ちょこちょこコメントも入れるようになり、web上ではあるが交流が再開されるようになった。

そこでたまにはギタリスト時代の話題があがったりする。そうなると筆者も、また弾けよ!とけしかける事になる。

そんなこんなが繰り返される中、或る配信の日、次のブッキングライブでレスポール弾き語りする宣言をしたのであった☆★


そうなれば筆者も行かない手はない…というか、けしかけてた張本人がその日行かないのでは筋が通らない(^◇^;)

会場は、今となっては首都圏を跨いだ更なる遠方の地ではあるが、ブッキングなので出演枠は僅か30分ではあるものの、その地へ赴いた🚃。

そして開演前、既にステージ脇に置かれていたレスポール

繰り返しの記述となるが、このギターがミュージシャンとしての始まりだったのだ。


そしてこの日は後から聞くに新たな試みだったらしい。

よくよく考えれば、最初はバンドでのギタリストだったのだから、レスポールの弾き語りとなると、そういう事になるであろう。


このハコは演奏中の撮影が申請許可制なので、その合間の彼女の溌剌とした姿。

主催者誕生日のプレゼンターも務める


後日の配信で聞くに、この日のライブ演奏は新たな自分の発見でもあったらしい。

その半月後のブッキングでもレスポール抱える告知があり、その日は先約あって行けなかったものの、また時々やると聞いており、エールの一言を告げてこの日は会場を去った。


そして再びみたび、まだ確定ではないがレスポール抱えるライブを今月最終金曜にやるらしい。

筆者としてもまた行かない手はない。

場所は同じく東京音実劇場である。

この日は近年に顔見知りなった金田一芙美さんも共演する。

前述のように確定ではないものの可能性としてはほぼほぼらしいので、また彼女のレスポール弾き勇姿を目の当たりにできることを期待したい(^.^)



《後日付記》

その後、久々にストリートへS県のほうのK市に足を運んだ👣…ギャラリー巡りの道中、経路的にも立ち寄れたので、、

この日に演奏したセリーヌ・ディオンのカヴァー曲などは弾き語りのギター演奏ではなく、まさにギタリストのそれである💡単独ソロでも充分に聴衆を引きつけられるもので、

近年は歌の素晴らしい部分もしっかり聴くようになっているが、ここはどうしてもギターの響きに耳を傾けてしまうのであった(^◇^;)