こちらでは、病気になった患者の家族という立場から、その闘病生活についてお伝えしています。
同じような、親や兄弟に患者さんがいる方に向けて、その心にほんの少しでも寄り添えるブログになればと思い、書いております。



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前回のこちらの記事からの続きです。
よろしければ、続けてお読みくださいね。













(母の記録より)
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9月某日の○○(父)

頭の中で別の世界(映像)が
あるようだ
例えばテレビで高校野球をやっていても
別の学校の名前を言っていた
「いま桐蔭が負けているんだよ」というふうに
以前見た試合のイメージをしているらしい

あと△△(私の母方の祖父)に会った話や
◎◎(亡くなってる父方の祖父)が
生きているかのように話す


9月12日

病院のロビーで廊下を指して
「この先700メートルぐらい
行ったところに
記念館があるんだよ」と

「何の?」と聞くと
「この建物のたった歴史・・・」とか
なんとか言う


12月29日

「ソフィア(女の人・スペイン人)が
がらっと変わったでしょ?」と言う
「スペインの女流・・・君たちのさ・・・」
「ピアニスト?」
「そうだ!ピアニスト!」


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この頃になると薬のおかげで
症状はそんなに大きく
変わらなくなってきて、

記録も間隔が開くことがありました。





ここの病院ではありがたいことに、
期限もなく
いつまでも居させて頂けたのですが、





自宅からの距離もありますし、
望み薄ではあるけれど
出来ることなら
特養に入れるのが一番いいということで、




母はこの期間も
特養の空きや募集状況など
リサーチしてました。






そしてそしてついに、






ダメ元で申し込み、
キャンセル待ちだった特養に
入居出来ることになったのです!!






それも新たにオープンする
ピッカピカの特養でした。





次からは、
特養に入ってからの話になります。