こちらでは、病気になった患者の家族という立場から、その闘病生活についてお伝えしています。
同じような、親や兄弟に患者さんがいる方に向けて、その心にほんの少しでも寄り添えるブログになればと思い、書いております。



ピンクハートいつもいいね!の応援を頂き、ありがとうございます。大変励みになります!ピンクハート


前回のこちらの記事からの続きです。
よろしければ、続けてお読みくださいね。








―――――――――――――――――――――――――――
2011年1月5日

介助指導
今日は足湯まで一緒に介助しながら
歩いていく
※この病院には誰でも入れる足湯がありました

ベンチに座ると私たちにも椅子を指さし
座らせる心遣い
(まあどうぞ、という具合)
そそくさと戻り、病院へ入ると
暖かさに「カイテキ!」とつぶやく
階段の介助もするが、上りが結構大変
自分で登ってくれ~


1月9日

お昼ご飯食べて行ったら、お昼寝中!
よく寝ている

昼寝から起きるなり「お腹がだるい」
どうやら便秘気味らしく
苦しいようだった
宿泊訓練のときのことを
(リハビリの)A先生はとても心配していた
男の人が宿泊に付き合った方がいいとの提案
私たちにしてみれば
とりあえず二人でやってみたい

会社の人が4人来てくれる
きれいな花とケーキ
○○(父)はとんちんかんながらも
一生懸命脳から言葉を引っ張り出そうと
するかのように話していた
よい刺激になったとおもう


※頂いたお花を父が描いたもの


1月16日

いよいよ外泊の日!
11時に着いてオムツ指導を受ける
○○(父)に
「今日は家に帰るんだよ」というと
喜んだ顔
そのあと
「1泊で」と付け加えると
「なんで!?」と言われた・・・・汗
このあとB先生のリハビリ受けてから
タクシーで帰宅

家に着くとスタスタと外階段を上り、
家にさっさと入り、
自分の椅子に座る
ホッとした様子
お風呂に入りたいと言ったり、
(何度言いきかせてもお風呂場へ行く)
お茶したり

ピアノを練習しているとピアノ室に入ってきて
即興連弾でミッキーマウスマーチを弾くと、
喜んで手を叩く
そのあと仮面舞踏会も連弾で弾くと、
「いいなぁ」と感動する
それからどうしても「風呂に入る」と
いって聞かず、
何度もお風呂に行く
水のシャワーをかぶって「さむい」って
夜ご飯をあたふたと食べて
大河ドラマ等見ると
流石に眠くなったようで、
お風呂のことは忘れて
「もう帰る」と
ベッドにいくと
布団がきもちぃ~と言っていた


1月17日

外泊二日目
昨夜はよく眠れたらしい
一度も起き上がることなく、
7:30頃起こす
トイレに行って、
朝食後念のためトイレへ
1階へ降りようとせず
寝室のクローゼットへ直行し、
ネクタイを取ろうとする
会社へ行くんだと
「今日は行かなくていいんだよ」と言うと
「え?そうなの?」だって
午前中、ケアマネさんが来て
今後のことを色々と話す
昼食後QueenのDVD見て英語を口ずさむ


1月22日

高次脳機能障害のセミナーに○(私)と行く
今後のためになる
いいお話しを聞けた
その後病院へ
オムツ指導
その後A先生とB先生も待ち構えていた
外泊の感想と、お二人からの
強い提案(家の中の階段に扉をつけること)
があるが、
やはり私達としてはそれがかえって
○○(父)のイライラを
生むのではと思う
う~~~~む

昼間△さん(父の親友)が
また来てくれたらしい
ドーナッツと、素晴らしい本(写真集)を2冊
置いていってくれた
ありがたい


―――――――――――――――――――――――――――

父にはくも膜下出血のあと、
高次脳機能障害という後遺症が
のこりました。


これは認知症とは違うのですが、
人によってその症状が様々で
とても複雑なものです。



ある人は
右半分の空間の認識が出来ない。
それでいて、
受け答えは普通に出来る、とか。
突然子どものように
聞き分けがなくなってしまう、とか。



うちの父は
空間認識は恐らく問題なさそうですが、

受け答えには波があります。

季節感や日にち、年齢は
ほとんど把握出来ていません。

でも他の部分では
まともな受け答えをすることも時々ある。

そして何より、
頭の中のイメージ(妄想のような)
が思考をかなり支配しているところがあります。


だから、
違うと言っても
聞かなくて困ることが
とても沢山ありました。



外泊は、父を家に連れていける!という
嬉しさもありましたが、
同時に母と私とだけでどんな感じになるのか?
という不安もありました。

でも何とかなるだろう、
せっかく皆で家にいられるんだから、
楽しいことを色々やって過ごそう、
と前向きに考えたりもしました。


初めに入院した病院は
家の近くだったので、
私たちもほぼ毎日行けたのですが、
転院先の病院は結構遠かったので
(電車で1時間ぐらい)
通えるのも週に1度ぐらいでした。



次回で転院先の病院での話は
最後です。


その先は
自宅に戻ってからの話になります。 



<続きます>