告知したとおり、
これからは私の父の闘病について
書いていきます。


もう8年も前のことです。
父はくも膜下出血で
ある日突然倒れました。

その時、母はどんなことが起きたか?
を日々書き溜めていました。








その記録を読むと、
私の当時の気持ちも
手に取るように思いだされます。



倒れる前日のお昼ごはんに
よく行ってた近所のお蕎麦屋さんに
家族で行ったんだったな。

それが最後になるなんて。

そのときは想像すら出来なかった。




それは
2010年5月30日(日)未明。


(母の記録より)
――――――――――――――――――


和室でパソコン。(深夜)1時すぎまで
(その間一時倒れたらしい)
たぶん2時ごろ寝室へ
2時半ごろ起こされる
「ママ、ちょっといい?頭がいたくて気持ちわるいんだけど」
その後嘔吐、けいれんし一瞬意識失う
→救急車呼び4:10出発
入院→意識なくなり
「手術できないかも」といわれるが
結局13:05~17:50手術し
手術自体は成功 でも
どの程度回復するかは
わからないとのこと



――――――――――――――――――


私は自分の部屋で寝てたから、
母に突然部屋の電気つけられて
「救急車呼んだから!」
って言われるまで、全然気付かなかった。



でも、そういえば
記録読んでよく思い出してみると、
私がお風呂出て寝る前(0時すぎ?)に
廊下で扉越しに「おやすみ」って
父に声を掛けたとき、

なんとなーく返ってきた声の質が変?
と一瞬、思ったような気がしたのだった。

でも当時わたしは大学生。
ふだんの会話はわりと素っ気ないことも多くて
そこまで深く捉えてなかった。

もしあのとき
異変に気付いてたら・・・?


のちに、そんな思いも頭をよぎった。


しかし、
会話の素っ気ない大学生じゃなかったとして、
果たして異変に気付けただろうか?



答えは
ノーだろう。



いや、気付けたとしても、
結果は同じだっただろう。



もっと早くに気付けていたら


それは母も言っていた。

けれど起こったことは
ある意味起こるべくして起きたもの。


そう思ったので、
早くに気付けたとしても
結果は変わらなかったはず、と
母に話した。


同時に自分にも言い聞かせた。




<続きます>